来符(ライフ)

「あー、また見てる」
 一番早く僕に気づいたのは三人の中で最も派手な女子高生だった。
最も派手といっても、三人とも大して変わらない。彼女たちのなりを見ていると疑問に思って仕方ない。制服は没個性だの、学校は画一化した檻だのと吼えたてているくせに、自ら選んだファッションこそ軍服化していないか? 誰もが同じ髪型、化粧、服装。どうにも個別できない。
自分が今あの年齢だったら、同じことをしていただろうか。
苦笑する。
「なんか、やらしー」
 蔑んだ一瞥を投げかけて、彼女たちは去っていった。そうするともう追う気にもなれない。僕はぼんやりと彼女たちの後ろ姿を見送り、重い腰をあげた。
 「変態おやじと言われなかっただけましかな」
 自虐的につぶやいてみる。溜息をついた。
 僕は今年二十七になった。彼女たちとは十歳離れていることになる。それは彼女たちにとって、かなりの年の差といえる。世代が違うとさえ言うのだろう。実際、彼女たちを見ていると、僕もそう思えてならない。考え方がまるで違う。価値観が合わない。ずれているなんて範疇じゃない。まったく異次元だ。
 もっと年が離れていたら、それもすんなり受け入れられるのかもしれない。だが僕にとっては、たった十年がこんなにも分け隔たれた人類を造りだすことに納得いかなかった。
 僕が異質なのかな。
 そう考えてもみる。同じ僕の世代でも、なんの違和感なく彼女たちを受け入れている者たちはいる。
 やっぱり溜息だ。
 駅への足取りが重い。また今日も帰らないと。
 仕事場から自宅まで電車で七駅分。僕がその途中の三つ目の駅で仕事帰りに降りるようになってから丸一年になる。
 三つ目の駅には近くに高校が二つあった。うちひとつが聖和女子高校である。お嬢様学校だったのは昔の話。上に同系の女子大学を持つこの私立校は少子化による慢性的な入学者不足に門戸を広げ、家格も偏差値も関係なく新入生を募った。おかげで受験戦争もなく、いたくお気軽に青春を満喫する少女たちの憧れの学校となっている。制服にデザイナーズを導入したのもこの学校が県下一早く、校則から私物チェックをはずしたのもこの高校が最速だった。私立校の経営戦略は生徒への媚である。
 と考えるのも、古い僕世代の人間の考えだろうか。
 呆れながらも僕はいつも三つ目の駅で降りる。
 そしてまた電車に乗る。七つ目の駅に向かう。
 家は古い木造の老屋だった。八年前に義父が亡くなって、今は母の名義になっている。だが、僕が相続することはないだろう。もう手離さなければならない。もううちには金がない。僕の収入だけでは家も母も養えない。
 「ただいま」
 玄関の引き戸を開けると、ぷん、と鼻につく臭いにむせる。消毒液の臭い。家中に充満している。古い数奇屋造りの家に似つかわしくない薬品臭。しかも、かぐわしいものじゃない。なのに、ぬぐうことは叶わない。消毒液は衛生を保つだけでなく、家中にはびこる死臭を消すために撒かれていた。
 薬品の臭いは家の奥へ向かうほど強くなる。最奥。それは母の部屋だった。
 息をつめ、表情を消してふすまを開ける。母がこの部屋にこもってからの儀式のようになっていた。
 母は今朝出掛けた時と変わらず、ベッドの上に横たわっていた。目だけを動かして僕を見た。
 「ただいま」
 僕は玄関先で言った言葉をもう一度口にした。
 しかし母はじっと僕を見つめるだけで、なにも返さなかった。睨んでいるような視線。いつものことだ。僕が外出から帰ってきたときはいつもこんな目で僕を恨みがましく見る。母が寝たきりになって五年になっていた。
 「遅いね」
 母はぼそりと言った。僕はびくりと肩を震わせた。いつもこうだ。母と会話をはじめるときはいつも怯える。申し訳ないと思うが、僕は母が怖くて仕方ない。あの声が恐ろしくて仕方ない。言っていることはまともなのに、僕の耳には魔術の呪詛のように聞こえる。
 病気で気道がせばまって声が出にくいためにかすれるのだと判っていても、やはり何度聞いても慣れなかった。
 「いつもの時間だよ」
 僕は部屋の隅の母の汚物を片づけながらつぶやく。
 そう、いつもの時間だ。仕事場から真っ直ぐ帰ってきているわけではないが、いつも寄り道しているのだから、これがいつもの時間なのだ。
 昼間は福祉施設に頼んであるヘルパーとボランティアのヘルパーが一日交代で来てくれている。母は自力で動けないので、必ず誰かが食事と下の世話をしなければならない。そして体位の変換。同じ姿勢で寝たきりだと床ずれができ、放置しておくと肉が腐り、骨まで穴があく。だからヘルパーはこの三つを世話してくれている。僕が働かないと生活は維持できないので、必然的に彼女たちに頼らざるを得なかった。
 部屋の隅にポータブルのトイレがある。まだ介助があれば起き上がって用が足せた母の為に買い求めたものだが、今はそれもできず、もっぱら使用済みのおむつ入れになっていた。それを捨てるのは僕の仕事だ。
 母が発病して九年。寝たきりになって五年。病名を筋萎縮性側索硬化症という。ALSと略名のついているこの病気は今のところ治療方法がない。原因もわかっていない。筋肉がゆっくりと萎縮し、思うように動かせなくなり、やがて、まったく動かなくなる。足が動かなくなり、車椅子に乗る。手が動かなくなり、ドアノブを口で開けるようになる。さらにその力さえも弱まり、栄養は食事からでなく、点滴と錠剤からとるようになる。噛む力がないのだ。錠剤さえも嚥下できなくなる日は遠くない。
 義父が交通事故で死ぬまでは大した症状は出ていなかった。足腰が重くなり、年かなあ、と笑っていたくらいだった。病名を知らされても二人はおおらかに笑っていた。義父は、母が歩けなくなったら負ぶってどこにでもつれていってやる、と胸を張っていた。実の母子である僕などは、その頃でさえそんなこと考えなかったというのに。義父は母を愛しんでくれた。母はようやく救われようとしていた。だが発病し、唯一の支えだった義父まで失った。
 母は僕に頼ろうとはしない。僕も母を救おうとしない。ただ、母子であることは事実だから面倒はみる。だがそれだって、義父の保険金がなければどれだけできていたか。僕は進学を諦めて高卒で職に就いたが、製板工場の給料だけでは高がしれている。不況の波にさらされながら、なんとかテトラポットにしがみついている工場は残業もなく、仕事があるだけましなほうだった。
 気が重い。世界が暗い。だから僕はいつも三つ目の駅で降りる。彼女を見る。


 学生の終業時間は社会人の僕よりも早い。だから待っていても会えない事は多々ある。しかし大概は彼女を見ることができた。
 下校時間を過ぎても真っ直ぐ家に帰らないところは僕と同じで、ただ僕は三つ目の駅にいて、彼女たちは放課後の教室の中で騒いでいるのが違う。だからひととおり騒ぎがおさまって、さあ今日はどこ寄って帰ろうか、と校門をくぐる頃、僕はいつも通りに三つ目の駅で降りて彼女を待てた。
 この日は彼女は来なかった。というより、聖和女子高校の制服を見かけなかった。
 間違っていない。今日は平日で、祝日でもない。
 僕はぼんやりと考えた。そして、おもむろに人の顔が目の前に迫ってきて、ぎゃあ、とか、ぐわっ、とか、そんな奇妙な悲鳴をあげて飛びのき、脇にとめてあった誰かの自転車に手の甲をぶつけ、あまりの痛さに涙さえ出た。
 「おおげさ。わざとらしい」
 少女が一人立っていた。いつも僕が見ている彼女だった。髪は金色に近い茶髪で、細い眉はきりっと尻上がりに整えられ、キラキラ光るピンク色の唇がにやにやと笑っていた。
 僕は目を見張った。痛みを忘れた。
 制服を着ていても高校生には見えなかったが、私服だと一層年齢がわからなくなる。相変わらず派手な化粧。若造りに失敗した老嬢のようだった。
 黒地のTシャツに『D&G』の金色ロゴマーク。膝上二十センチのスカートのブランドはわからないが、チェーンベルトにはシャネルのマーク。イヤリングもそうか? よく見えない。肩からさげているバッグは、これもシャネルだ。ブーツもブランドはわからないが、本皮であることは間違いない。
 改めて驚いた。今どきの高校生はなんて金がかかるんだ。誰が彼女らに金をかけてるんだ。
 「どうしたの? なにも言わないの?」
 彼女は僕の前を立ち塞ぐように腕を組み睨みつけていた。よく見ると、化粧は派手だが、これは美人だ。また驚いた。もとがいいのに、なんでまたこんな化粧なんだ? 美意識の違いか?
 彼女は荒く鼻から息を吐いた。
 「いつも見てるだけね。声もかけてこない」
 僕はようやく笑った。苦笑した。すると手の甲の痛みが戻ってきた。赤くはなっているが傷はない。僕は痛みを飛び散らすように、ピッピッと手を振った。
 こんな近くで彼女を見たのは初めてだった。いつも離れて姿だけを目で追いかけていた。必ず三人いた。それ以上の時もある。だから僕は〈彼女たち〉を見ていた。なのにそれが、よりにもよって、どうして〈彼女〉が。
 「ほかの子は?」
 僕は訊いてみた。全然気にしていないのに、とりあえず。
 「誰が目当てよ」
 こまっしゃくれた声が返ってくる。僕はまた苦笑した。
 「学校休みよ。知らなかった?」
 「休み?」
 「創立記念日。ストーカーならそれくらい調べなきゃ」
 ストーカー。そうか。そうなるのか。やはり毎日同じ人を目当てに待ち伏せしているのはストーカー行為なんだろうな。告白できずに好きな人をただ見守っている内気な青年の構図、なんてものは昨今すべてストーカーになるんだな。
 「援助交際するお金はないからね」
 彼女は鼻で笑った。
 「そうね。いかにもお金なさそうな格好」
 それは正しい。製板工場の通勤に背広は必要なく、僕はいつもチノパンに綿シャツだ。しかもノーブランド。
 「君はいかにもお金ありそうな格好だね」
 彼女は笑った。意外にも、やたら無邪気な笑顔だった。僕は息をつめた。
 「私はお金持ってない。持ってるのはパパ」
 僕は嘆息した。ああ、そうだろう。そうだとも。少女の無邪気な笑顔は武器だった。失念していた。でも可愛かった。だから金のある男は〈パパ〉になるのか。
 「パパ、ね」
僕の声は蔑んでいたのだろう、少女はむっと眉を寄せた。きつい化粧をしているが、その仕草は可愛い。なるほど。近くで見るもんじゃない。これは、はまる。
 「悪い? パパはパパなの。私はずっとそう呼んでるのよ。私に子供ができて、、孫がおじいちゃんって呼んでも、私にはパパなの」
 「パパって、実の父親?」
 「パパって、ふつう一人よね」
 彼女の声は尖っていた。気分を害したようだ。
 そう、ふつうは一人。でも、世の中には普通でないことのほうが多い。そしてそれが普通になる。ややこしい。
 「娘に金をかけるパパなんだな」
 彼女はにやりと笑った。すると途端に小悪魔になる。むずかしい。
 「他人の娘に買い与えるものを自分の娘に買ってるだけでしょ」
 ああ、なるほど。行き先が違うだけで、動く商品と金額は同じか。世の中ってやっぱり不条理だ。
 僕は腰をあげた。じゃ、と手をあげて駅へ向かう。
 「えー、なに? 帰るの?」
 僕は振り向かずに改札口を抜けた。
 「信じらんない。女に声かけられて、ふつー、そういうことする?」
 普通じゃないことのほうが多い。そういう世の中だ。
 創立記念日だったが、思いかけず私服姿の彼女を見られた。今日はもう満足だ。少々度肝を抜かれたが、まあよしとしよう。最近の女子高生にいちいち目くじらを立ててはいられない。
 僕は七つ目の駅で降りた。そしてまた、普通でない世の中に翻弄された。
 僕は呆然となった。彼女がついてきていた。僕は電車を降りるまで気づかなかった。彼女はいつも駅には入らず、友達とつれだって歩いて去っていった。だから僕のあとを追いかけてくるなど、考えたこともなかった。
 今日はなんて日なんだろう。
 彼女はにやにやと笑いながら僕に近づいてきた。一歩離れた手前でとまり、
 「切符ないの」
 と言った。
 「は? どうやって改札口通ったんだ?」
 「コツがあるの」
 のちにそのコツを教わったが、僕は試したことはない。入るときには使えるが、出るときには使えないコツなんて。
 「で? 君はこの駅でなにか用があるの?」
 彼女はぱちくりと目を見開き、やがてにやにや笑いに戻った。
 「私に用があるのはあなたのほうでしょ」
 彼女は僕の手をとると、乱暴にぐいぐい引っ張って乗り越し清算口へつれて行った。乗り越しもなにも、乗った駅の切符を持っていないのだから始発駅からの料金を払わされた。四百七十円。なぜ僕が払うんだ?
 「つれが持ってる定期と同じ駅分でいいじゃないよねえ。それだって実際より多いんだから」
 彼女は道すがら、ぷんぷん悪態ついていたが、払ったのは僕だということをわかって言っているのだろうか。
 第一、なんでついてくるんだ? なんで僕は追い返さないんだ? ストーカー行為をして、その対象者に家を逆訪問されるのは僕ぐらいのものなのだろうか。それともこれが普通か? ああ、そうだ。普通じゃないことのほうが多かったんだ。
 僕は戸惑いながらも、回り道することなく家路を歩いた。彼女はきょろきょろとあたりを見廻しながらついてくる。はたから見ると、僕らはどんな関係に映るんだろうか。
 玄関の引き戸を開ける。ぷん、と消毒液の臭いが鼻についた。見ると彼女も顔をしかめている。だが、ひるんだのは一瞬で、彼女は上がり框に腰を降ろし、ブーツをぬぎはじめた。くるりと身を翻すと、迷いもなく奥へ向かっていった。
 僕はどう動けばいいんだ? 我に返るとあわてて靴をぬぎ、彼女を追った。
 母の部屋のふすまはいつも閉じられている。開け放つことを母は嫌った。こもりつづけるのは体にも精神的にもよくない、と医者は言うのだが、開放的な空間こそ苦痛だと言って母はきかない。世間にこの姿を晒したくない、とさえ言う。ふすまを開けたって、家の中なのに。
 彼女はふすまの前に立っていた。どんぴしゃだ。ここの臭いが一番きつい。なにが待ち受けているのか。それは彼女の好奇心だろうか。僕はとめなかった。
 彼女はふすまを開けた。
 母は朝と変わりようがなくベッドに横たわっていた。床ずれを防ぐために体位をかえ、右向きになっていたり左向きになっていたりするが、今は正面を向いたまま仰向けに寝ていた。眠ってはいなかった。母は音に反応し、人の五倍は時間をかけないと動かない首を向け、彼女を見た。
 母が驚いていることはすぐに判った。まばたきを忘れて、母は彼女を見ていた。
 僕も驚いた。母がまだこんなに感情を表せるとは思っていなかった。母の表情はずいぶん前に萎縮し、感情さえも失われたかと思っていた。
 彼女は母のベッドに近づき、母の顔を覗き込んだ。母は彼女の一挙一動を見逃すまいとするように、じっと彼女を目だけで追った。
 彼女は介護ベッドに備えつけられている点滴台やベッドの稼動リモコンなどをなでるようにさわっていた。やがてベッドのふちに腰をかけ、正面から母を見た。
 僕は息を呑んだ。
 彼女は手を伸ばし、母の髪をすくようになでた。
 寝たきりになって、なかなか髪が洗えないのでかなり短く切ってある。運動もしていないのに、髪はすぐ脂でべたべたになり、さわられるのを母は極端に嫌う。
 それなのに今、母は身じろぎひとつしない。彼女の手を払いのけることはもちろん母にはできないが、罵声のひとつもあがらない。まばたきすれば、その瞬間に消えてしまうかのように、母は乾いた目でじっと彼女の動きを見続けていた。
 「死ぬの?」
 いきなり彼女が言った。
 僕は息がとまるかと思った。
 なんてことを言うんだ。なんてことを訊くんだ。今、ほんとうにそう言ったのか? 死期が目前に迫っている母に彼女はなんの臆面もなく言ってのけたのか? 
 母は凍りついたように目の前の小悪魔を見続けていた。目もそらせない。それはそうだろう。こんな不躾な言葉を投げかけられたのは初めてのはずだ。軽症の入院患者にだって、そんなことは言わない。まして、母は寝たきりの末期患者だ。見てわかるだろうに。その分別ができる年齢だろうに。一体どういう教育を受けてきたんだ。
 母はなにも答えなかった。じっと彼女を見つめている。そして彼女も母から目をそらせなかった。重ねて彼女は訊いた。
 「ねえ、死ぬの?」
 僕は彼女をこの部屋からたたき出そうと歩を進めた。しかし、それより早く母が答えた。
 「そう。もう何年もしないうちにね」
 僕の動きはとまった。耳を疑った。目の前の光景をじっと見た。
 介護ベッド。点滴台。ポータブルトイレ。脇の棚には換えのおむつが詰まっている。見慣れた風景。もう何年も見続けた風景。なのに今日は違う。彼女がいる。ベッドに腰掛けて、母を見ている。母も彼女を見ている。そして答えた。今のは母の声だ。昔の母の声だ。魔術の呪詛のようなうめく声ではなく、もっと昔の、玲明とした母の声だ。
 彼女は満足そうに、にっこりと笑った。それは無邪気でも小悪魔でもなく、人間の、ふつうの少女の笑顔だった。
 「ふーん。じゃあさ、今度は私の赤ちゃんになって生まれてきてよ」
 彼女は母の頭をなでた。
 「おばちゃん、なんて名前?」
 母は目を細めた。笑ったのかもしれない。長く母の笑顔を見ていないので自信がない。
 「まさみ……」
 母は答えた。聞き違いじゃない。母の声だ。かすれてもいない、美しい母の声だ。
 「へえ、きれい。いいね。とってもいい。じゃあ、赤ちゃんの名前、まさみにするね」
 彼女が微笑む。聖母かもしれない。僕は本気でそう思った。
 それ以後、二人は語り合うことなく、彼女は母の頭をなでつづけ、やがて母は眠った。久しく聞かない、安らかな寝息だった。
 彼女はおもむろに立ち上がり、部屋を出て行った。
 僕は母の眠りに安堵し、そっとふすまを閉じた。
 彼女を追うと、すでにたたきでブーツを履き終えていた。
 「送ってよ。来る時きょろきょろしてたから、駅までの道わかんない」
 彼女はまた小悪魔に戻ってにやにや笑った。僕は急いで靴を履いた。
 外へ出ると陽はとっぷり暮れていた。
 「家まで送るよ」
 と言ったが、彼女はすげなく断った。
 「だめ。パパが驚くから」
 甘やかされてるんだな。僕は苦笑した。
 「あの人、心配性なの。私が養女だから、本当の親を捜しに家を出て行ってしまわないか、いつもびくびくしてるの」
 僕は足をとめた。彼女を見た。彼女も僕を見た。笑っていなかった。
 「今日はありがとう。お母さんに会わせてくれて」
 彼女は言う。
 僕は立ち尽くした。


 母は僕が中学の時に義父と再婚したが、僕は実父のことをよく覚えていない。父が死んだのが四才のときだったことと、僕が父の顔を見上げることができなかったためだと思う。父はいつも僕を殴っていた。
 僕の体にはまだ消えない小さな古い傷跡がいくつも残っている。中には一生消えないだろう痣もある。すべて父が殴ってつけた
 父は酒を糧に生きていた人で、おそらく素面のときは眠っているときでさえ、なかったのではないだろうか。そして起きているときは絶えず殴っていた。誰も僕を助けられなかった。母も当然である。父は僕を殴る前に母を気絶するまで殴り、動かなくなったら次に僕を殴った。だから母は僕を助けられなかった。
 その父が死んだのは肝臓癌だったからだと聞かされたが、借金取りとの争いで殺されたと聞いたこともある。僕にはどちらでもよかった。
 だが、父が死んでからも生活はさしてよくはならなかった。母は僕を養うために住み込みで家政婦をし、次は父に代わり、その家の同じ年頃の子供が僕をいじめた。就学してからは、その子供を筆頭にクラス中が僕をいじめた。母は知っていたが、なにも言わなかった。その家の報酬は破格だったので、なにも言えなかったのだ。
 お金がたまったらアパートを借りるから。
 母はそう言っていたが、父の借金にそれらは吸い取られ、食事の心配はすることはなかったが、履く靴はおろか、着る服さえもままならない時があった。父の借金がいくらだったのか、父が死んでも払い続けなければならないものなのか僕にはわからなかったが、僕はこの時すでになにもかも諦めていた。小学生の子供がである。
 いじめが終わったのは僕が十才の時である。母は唐突に解雇された。理由は妊娠だった。母は雇い主の家長の子を身ごもり、夫人に知れてクビになった。知られたいきさつは、堕胎する金がなく隠しつづけてせり出た腹だった。もうその時は六か月目に入っていて、すでに堕ろせなくなっていた。
 母は身重のまま僕をつれて逃げた。夫人からなのか借金取りからなのかはわからないが、僕たちは二日間列車を乗り継ぎ、寒地の小さな医院で母は女の子を産んだ。
 月足らずの小さな赤ん坊だった。無茶な旅をするからだ、と医者は母を叱りとばした。生きてうまれたことに感謝しろ、と叱責したが、母は医者の前で泣き崩れた。育てられない、と赤ん坊を抱こうとしなかった。死んでほしかった、と目を伏した。
 一晩中、母と医者は話し合い、四日後、医院の前に白い乗用車がとまった。降りてきた夫婦は赤ん坊を抱いて去っていった。だから僕は妹の顔を見ていない。ふれることもなかった。今日、駅で手を引かれるまで。


 「どうして?」
 僕は訊いた。
 「さあ。勘、かな」
 彼女はきびすを返した。歩き出す。僕もあとを追った。
 「あなたが私を見てんのはわかったけど、その理由がね、しばらくはわかんなかった」
 当時の医者が亡くなって医院は閉鎖され、カルテは物置小屋に積まれていた。医者の息子は医業にまったく関心がないようで、守秘義務もおざなりだった。だめもとで頼んだが、難なくふたつ返事で物置小屋を開けてくれた。妹を捜し出すのは簡単だった。
 「彼女募集中の飢えた目でもないし、ストーカーまがいの変質者の目でもないし。第一、家までついてきたことないでしょ。いつも駅で見てるだけ」
 「声かける気はなかったから」
 「知ってた? 私んち、あの駅は通らないほうが近いんだよ」
 「うん。でも通ってた。だからあそこで見てた。家には近寄らないほうがいいと思ったし」
 「そうね。私も家には来てほしくなかったから駅まわって帰るようにしてたの。友達の家があっち廻りなんだよね。一緒に帰ろうって、便乗してね」
 「仲よさそうだもんな」 
 僕には仲のいいクラスメートはいなかった。
 「ふりだけね」
 彼女は振り返って、またにやりと笑った。
 「これも、ふり」
 自分の姿を示す。
 「パパにおねだりすると、パパは安心するの。ほかの家の娘は自分の親はシカトして他人の親に高いものを買ってもらってるでしょ。おねだりするのは同じなのにね。自分の父親にはできなくて、他人の父親にはできるの。でもうちのパパは勘違いしてて、うちの娘はちゃんと自分の親におねだりしてると思ってる。私をつなぎとめるために好きなものを買ってくれる。でもそれは私のためにじゃないよ。パパの自己満足のためにでもない。ママのためなの」
 「どうしてママ?」
 「いいでしょ。私はそう呼んでるの。文句ある?」
 「呼び方のこと言ってるんじゃない」
 「ああ。そりゃやっぱり、パパがママを愛してるからでしょう。子供ができないママのために養女を捜したり、私が援交してママを悲しませないように自分でブランド物を買ってくれたり」
 「演じてるのか?」
 「ううん。私は好きでやってるの。大切にされてるのはわかってるから、親を悲しませないように、クラスメイトから浮かないように。そこらへんは折り合いつけるのが大変」
 昨今の高校生はみんなこんなにちゃっかりしてるのか?
 「どうやって養女だってわかった? 実子として籍に入ってるはずだぞ」
 彼女は立ちどまり、くるりと振り返った。覗き込むように僕の顔を見上げてくる。ああ、化粧をおとせば綺麗なはずだ。母に似ている。母は気づいただろうか。
 「やっぱり調べてあるんだ。それって、犯罪なんだよ」
 彼女はまた向き直って歩き出した。道おぼえてるじゃないか。
 「どっちが? ストーカー? 戸籍の偽造?」
 「両方」
 そうだな。
 「私が養女だって知ってることは、パパもママも知らない。疑問にも感じたことないって顔してとおしてるもん」
 「どうやって養女だって知った?」
 僕はもう一度同じ質問を繰り返した。
 「夫婦の睦言は子供に聞こえないように喋るものよね。私はあの二人に聞いた。でも、二人は気づいてないけどね」
 なんてこった。自分の親の閨を盗み聞きか。そこらへんは現代っ子だな。僕には真似できん。
 駅へ着いた。結局彼女はほとんど僕の前を迷うことなく歩いて行った。
 「あーあ、七時すぎちゃうな」
 彼女は駅の時計を見てつぶやいた。
 「七時?」
 「私が決めた門限なの。すごいでしょ」
 たぶん、すごいんだろうな。世間の女子高生にとって、七時は夜のうちに入らない。
 彼女は今度は自分できちんと切符を買った。
 「帰るね」
 彼女は行きかけた歩を自動改札機の前でとめた。訝しく眉をひそめた後続のサラリーマンが、むっとしながらも無言で隣の改札機に移った。
 「もうあの家には行かないから」
 彼女ははっきりと言った。僕は小さく肯いた。
 「私の家はあの家じゃないから、もう行かない。でも今日はありがとう。あの家につれて行ってくれて」
 僕もありがとう。母に会ってくれて。母を罵らないでくれて。まさか君が知っているとは思わなかったけど。
 「だけど、私にはまた会いにきてね、おにいちゃん」
 彼女はくるりときびすを返し、駆け出すようにホームへ消えていった。
 それから何度か僕らは会ったが、母と妹が再会することはなかった。母の葬儀にも来なかった。
 しかし十四年後、彼女は三番目に生まれた長女に『まさみ』と名づけた。
 第一子が生まれたときに、男でもいい名前じゃないか、と僕は言ったのだが、絶対に女の子を産むといってきかなかった。
 今度も男だったら四人目をつくるのか、と訊いたら、「もちろん」と躊躇なく答えた。
 彼女の亭主は苦笑していた。


                      ―― 了 ――2001年 


奥 津 城(おくつき)

父が経営する鋳物工場は、従業員が七人だけの小規模な町工場だった。社長は工場長のことで、社長室の本皮張りのリクライニングチェアーにふんぞりかえっていられるような身分ではなく、それどころか、古参の技術者に指導されながら率先して汗水たらし働く人だった。
 従業員は家族ぐるみのつきあいだった。毎年夏に行われる川べりのキャンプは、従業員七人の会社にしては大所帯のイベントになっていた。それぞれの家族が参加し、祖父や祖母、はたまた従兄弟まで、多いときには五〇人ちかくになったこともある。不況の波は例外なく父の工場にも押し寄せていたが、毎夏のキャンプだけは必ず出掛けていた。その年までは。
 高校受験を言い訳に、私がキャンプに参加しなくなって二年になっていた。思春期の娘にはよくあることだが、私は父を毛嫌いし、反抗するほどではないにしろ、意味もなく距離をおくようになっていた。今となっては本当に不思議だ。あの感情はどこからくるものなのだろう。理由らしき理由はない。ただただ嫌でしょうがない。父の一挙一動に難癖をつけ、そんな自分に舌打ちし、自己嫌悪から逃げるように今度は父を避けるようになる。そんな日々だった。
 キャンプは私にとっても毎年心待ちにしていた行事だった。工場の人たちは私を赤ん坊の頃から可愛がってくれていた者がほとんどで、それは今でもかわらない。そしてその家族たちもまた私の家族同様だった。そうしょっちゅう顔を合わすことのない家族はうるさいことを言わないので好きだ。久しぶりに会いたい。だが、その寂寥よりも自分の家族に対する反感のほうが大きく、私は一人、家で留守番をしていた。理不尽にふてくされながら。
 家にいながら縁側に寝転がり目を閉じる。ライン下りができる、河とも云えそうな清流のほとりにあるキャンプ場がまざまざと思いだされる。
 整備されているのはバンガローのあるわずかな一画だけで、山のほとんどは手つかずの原生林だった。流れ星を見たあと、朝もやの中を散歩していて鹿に出会ったこともある。大鹿は私の姿を見とめても、毅然とこちらを見つめ、くい、と鼻先を一度あげると、さっと身を翻してもやの中に消えていった。幻かと疑うほど、それは美しい光景だった。
 キャンプ場は川のほとりにある十数棟のバンガローと中央の調理場だけのこざっぱりした造りだった。だから父の工場のメンバーだけで貸切りになり、知った者だけなので遠慮なくはめをはずして騒げた。まわりは川と原生林。うるさい、と怒鳴りこんでくる早寝の隣人などいなかった。
樋野さんは父がとても信頼している従業員の一人だった。よく父とつれだって、真っ赤な顔で酔っ払ってうちに帰ってきた。二人とも高いびきで客間に寝転がり、蹴飛ばしても起きやしない。仕方なく客用のふとんをかけてやる。夜が明けて私が母を手伝って朝食の用意をしていると、酒は抜けているのに、酔っていたゆうべよりさらに顔を赤くして頭をかき、迷惑をかけたことを詫びながら台所に顔を出してくる。それは毎度のことで、私はそんな二人がおかしくて、好きだった。でもそれも小学生までだった。
 中学に入ると父のそんなだらしなさが鼻につくようになり、唯一、緩和剤になっていた樋野さんも結婚が決まって所帯を持つと、待つ人の家へ帰っていったので、客間に寝転ることはなくなった。父が一人で酔いつぶれて、ヒキガエルをふんづけたようないびきをかいている図はとても醜悪に見え、私はしぜんと父から遠ざかった。仕方ない。そういう年頃だ。
 そんなわけで、私は樋野さんのことは嫌ってなかったが、父とはふんだんに距離をおくようになったいた。この年のキャンプにも行っていない。だからなにが起こったかは全部聞いた話である。テレビと、週刊誌から。


 子供たちが夏休みに入ってすぐに台風12号が日本本土を直撃した。空梅雨のこの年、全国規模で給水制限が施されていた夏最初の朗報だった。だからかもしれない。人々はこれを恵みの雨と受け取り、豊富すぎる水の危険性を失念していた。
 キャンプは台風一過の翌日、例年通り行われた。
 通常なら当然警戒する日程である。台風が撒き散らした雨量は二〇〇ミリを超えていた。暴風雨で吹き飛ばされた森の枝葉が道中の森を猥雑に見苦しく飾り立てていた。それでも父たちには気にならなかった。透けるような青空だけを見上げていた。
 ようやく眉をひそめたのはキャンプ場についてからである。
 バンガローは無傷だった。もとより、台風12号は規模はさほど大きいものではなく、風よりも雨がメインだった。だから恵みの台風だと皆が浮かれだった。鋳物工場でも水はかかせない。気持ちは高揚した。しかし場所によっては多すぎる雨が災害になることもある。それを誰も考えてなかった。
 川は激流になっていた。あの美しい清流が泥を含んで茶色く濁り、折れた大木がささくれだった幹をこちらに向けて、あっという間に流されていった。
 父たちは声もなく顔を見合わせた。こんな荒くれだった川を見るのは初めてだった。水かさも増えている。バンガローまでは距離があり、水没する懸念はまずないが、川に近づかないほうがいいことくらいは素人目にも明らかだった。キャンプは中止するか? 話し合いは五分で終わった。メンバーは荷物をバンガローに運び入れた。
 確かに川は危険だが入らなければいい。天気予報も一週間は晴天が続くといっている。しかも毎年かかしたことのない行事だ。台風が雨をもたらしたことで水は潤い鋳物工場もフル活動できるようになる。これまでの巻き直しをはかって忙しくなる。キャンプは延期できない。そもそも、バンガローの予約のとりなおしだって困難だろう。夏休みは誰もがキャンプをしたくなる。この日だって年中行事になっているからこそ早めに確保できているのだ。
 続行を決めると皆の懸念は薄らいだ。慣れた場所であることと、気心が知れた一群であること、なにより、些細なことなど、ぱっと散り飛んでしまいそうな青空が延々と広がっていた。キャンプは始った。
 一日目は何事もなく終わった。遠出の疲れで誰もがぐっすりと眠れた。そして翌日も文句なしの快晴。だが、川の流れは格段落ち着いたものの、まだ危険度は高かった。
 当時、中学生になったばかりの弟は、この年キャンプに参加した子供たちの中では最年長だった。それが災いしたのかもしれない。 ほかの子供たちはまだ、父親の威光と母親の庇護を欲した年齢だったので、川に近寄ってはいけない、という戒めを素直に聞き入れていた。しかし、弟は違った。日頃、反抗期の姉を目の当たりにしているためか、素直に大人の忠告に従わなくなっていた。母親のスカートの裾を引っ張っている年下の子供たちにいい顔をみせたかったのだろう、彼は川に入った。
 向こう岸まで泳いで戻ってくる。そう言い放って川に身を躍らせた十三歳の少年の体は、あっという間に濁流に持っていかれた。機敏な動きを見せたのは岸にいた子供たちのほうだった。キャンプ場に取って返し助けを求めた。一番近くにいたのが樋野さんである。彼は迷わずに弟を救出すべく川に飛び込んでくれた。
 弟は必死に水を掻いていたが、それは虚しい努力だった。弟がひと掻きする間に体は五メートル流されていた。樋野さんが弟に追いついたのは奇跡としかいいようがない。彼は弟を激流の中で捕まえた。だが、パニックになっていた弟は彼に必要以上にしがみつき、コントロールを失わせてしまった。樋野さんは弟を抱えたまま中洲の岩に背中を激突させた。後に下流で彼の遺体が発見されるが、全身の骨が砕けていたのは川底の岩によるものなのか、このときの激突によるものなのか判断つかなかった。どちらにしても、樋野さんは弟を岩の上に押し上げ、自分は力尽きて、沈んだ。それが最期だった。


 樋野さんの通夜には私も出席した。悲痛だった。
 奥さんは加也乃さんという。キャンプにも来ていた。だから、川下で樋野さんの遺体の確認をした最初の身内だった。棺の蓋はぴっちりと閉じられ、本来、最後の別れをするための顔の小窓も大きな銀糸の布がかけられて開けられなくなっていた。遺体がどんなに凄惨でも、遺影の樋野さんはにこやかに笑っていた。
樋野さんの両親はずっと目を伏せたまま口も重かった。誰もがその理由を知っていた。だから、お悔やみの言葉はどれもありきたりな例文だった。余計な慰めが彼らを一層悲壮にする。皆はひっそりと息をころしていた。
通夜は三〇分の住職の読経で終わった。だが、同じ職場の面々はなんら会話がないまでも去りがたいようで、ちぢこまるように背中を丸めて樋野家の庭先に佇んでいた。梅雨が明けて間もない夏ははじまったばかりで、喪服は汗を吸って体に張りついていた。
弟が姿を現したのは、かなり夜が更けてからだった。みんなうつむき加減に顔をそむけていたので、加也乃さんの叫びが家中に響くまで気づかなかった。
加也乃さんは足袋のまま部屋から飛び出し、玄関に棒立ちになっている弟に噛みつかんばかりに向かっていった。すんでのところで、そばにいた弔問客に抑えられたが、彼女の怒りは抑えようがないようで、加也乃さんは手足をばたつかせて泣き崩れた。
「どうして? どうして、あんなひどいことするの?」
弟は答えられない。真っ白な顔で唇を噛みしめながら立ち尽くしていた。
「どうして川にはいったの! どうして、あの人が死ななきゃいけないの!」
加也乃さんは抱えられて奥の部屋へつれていかれた。それでも声だけは家中に響いた。
「どうしてあの人があんたのせいで死ぬのよ!」
三人がかりで暴れる加也乃さんを押さえつけたので、彼女の喪服は着崩れし、まとめ髪もほどけて哀れなありさまだった。だが、誰も笑えなかった。
残された弟に掛ける言葉が見つからない。そばにいた一人が身動きできなくなっていた弟の肩をそっと抱き、祭壇の前へ誘導した。弟はされるがままにぎくしゃくと歩をすすめ、時間をかけてようやく樋野さんの棺に焼香した。横に座っている樋野さんの両親に深々と頭をさげる。土下座しているようだった。
樋野さんのお母さんは涙ぐんで顔を両手にうずめた。樋野さんのお父さんは目を伏せたままを頭を横に振った。それは、あなたのせいではない、と赦しているのか、おまえの顔など見たくもない、と拒絶なのか。二人はひとことも弟に声を掛けなかった。
促す者がいなければ弟はそのまま石になっていたかもしれない。両脇を抱えられてようやく頭をあげた。樋野さんの両親は奥に下がって姿を消していた。
弟は抱き起こされた体をまた崩し落とした。喉を詰まらせて咽び泣いた。そばにいた者たちは、そんな弟を憐れんで、背中を、頭を、やさしくさすってやっていた。だが、無言だった。
翌日、葬儀の最中に加也乃さんが倒れ、介抱した女性から彼女が妊娠していることを知らされた。
弟はなにも言わなかった。
私たちも目を伏せるだけしかできなかった。
樋野さんの初七日がすぎ、加也乃さんが実家に戻って流産したことを聞いた次の日、弟は庭の桜の木で首を吊った。


水曜日は気分が重くなる。いつものことだが、今日はより一層はげしい倦怠感に襲われていた。
ゆうべ、あんな夢を見たからだ。なぜ今頃また弟のことを思い出したのだろう。
月に二回、隔週の水曜日にこの病院の産婦人科へ通い出して五年になる。私はそびえる白亜の総合病院を見上げ、踵を返すと家路についた。
二四で結婚して一二年、来年は三七歳になる。子供はまだない。もう夫にも諦めてもらうしかない。産婦人科通いはこの総合病院の前にも有名な個人病院にも通っていた。だが、どこも変わりばえしない。
夫は強く子供を望んでいるわけではなかったが、かすがいがいないことで夫婦間が潤っていないことは確かだ。この数年、二人の会話は目に見えて減っている。もう、はっきりさせたほうがいいだろう。決心した。だから弟の夢を見たのかもしれない。あんな古い記憶。
私は苦笑した。家を出よう。もう夫とはいられない。一二年。私は夫に申し訳ないことをした。
夕食のあと、私は夫に切り出した。
「今日、病院に行ってきたの」
はじまりはそんなセリフからだった。
夫はちらりと私の顔を見ただけで、また視線を新聞に戻した。通院は月に二回のいつものことだ。驚くにたらない。夫の無表情はそう語っていた。
私は続けた。「先生に言われた」
夫は新聞をたたんだ。先生という名詞が気になったのだろう、今度はまじめに聞く気になったようで、じっと私を見つめかえしてきた。反対に、私は夫の顔から目をそらす。後ろめたい。でも言わなければ。はっきりさせなくては。
「子供は、もう無理だろうって……」
夫は私を見ていた。そして、おもむろに立ち上がると居間を出て行った。
話は終わっていないのに。私は息を吐いた。でも、夫が席を立っても私は追いかけなかった。むしろ、安堵した。階段を上がる足音がする。書斎へ入ったのだろう。二階の奥部屋。子供が部屋を持ちたくなったら使わそうと用意していた部屋。そんな日はこない。これからもずっと書斎のままだ。私があなたの妻である限り。私がこの家を出て行かない限り。


翌朝、なんの会話もないままに私は夫を会社に送り出した。がらんとした家の中が空々しい。私は家を出る旨の手紙を書き、一枚の薄い紙を同封して台所のテーブルの上に置いた。離婚届。私の自署と捺印がしてある。帰ってきたら、夫が見つけるだろう。
荷物はボストンバッグがひとつ。その中に入るだけの着替えだけを持って出ようと決めてあった。あと、病院から渡されていた薬。これは残して行けない。
火の元の点検と戸締りの確認。お別れだ。一二年ありがとう。そして、ごめんなさい。
鍵を手に、ぐるりと家の中を見回した。出て行くと決心すると、いきなり他人の家のように思えた。
鍵を握りしめる。刹那、電話が鳴り出した。どきりとした。出掛けの電話は大抵よくないことを伝える。しかし、放ってもおけない。私は渋々、受話器をとった。
「青木さんのお宅でしょうか。私、恵養苑の沢渡と申します」
私は、はあ、と間の抜けた返事をした。恵養苑。家を出て、私がいまから訪ねようとしていた所だ。電話は、母が入所している老人ホームからだった。


父は弟が死んだ二年後に庭の物置の中で首を吊った。
弟の葬儀は家族だけの密葬だった。葬儀社も呼ばず、父が組み立てた粗末な棺に弟の亡き骸を横たえた。非人情に思われるかもしれないが、それが弟を守れる方法だと私たちは思っていた。
はじめ、週刊誌が我が家のドアを乱暴に叩いた。そしてテレビ局がつづいた。当時、ほかに世間を騒がす話題がなかったからか、ワイドショウは連日、樋野さんと弟の惨劇を、あたかも見てきたかのように報道し、弟のささくれだった神経を直撃していた。誰もが弟を糾弾していた。
確かにあれは弟の過失が招いた忌まわしい事故だ。だが、あくまで事故なのだ。そう父は弟を慰めたが、弟の心の鬱積は増すばかりだった。そして弟は自分の名前が週刊誌とブラウン管の中から消えないうちに、己がこの世から姿を消した。
だから父はもう弟の姿を世間にさらせないように、ひっそりと彼を送ってやるつもりだった。だが、それさえもマスコミはかぎつけた。父が用意した粗末な棺までもブラウン管に映しだされた。今でなら人権問題がとりあげられて、マスコミのこういった無慈悲な報道こそ糾弾されていただろうが、二〇年も前の話である。一地方都市の出来事に、なんの救済機関もなかった。惨劇、修羅場こそが格好のニュースとなっていた時代だった。樋野さんと弟の死は、まさしくそれだった。
おそらく、これが引き金だった。父の町工場はこれを境に急速に経営が落ち込んだ。まず、仕事にならなかった。新たな注文がこなかった。受けていた注文はキャンセルされた。樋野さんがいなくなったことで六人になっていた従業員は四人になり、日を置かず二人になった。
残ってくれた二人は工場の立ち上げの時から一緒に父と働いてくれていた人で、最後まで父につきあってくれた。父は走り回った。だが、仕事はとれず、工場の機械は動かないまま油だけをさされていた。
世間が弟を忘れ、事件を過去のものにしてようやく工場は再開した。しかしその頃には工場の機械はもう時代の遺物になっており、父は新しい仕事のために機械を入れ替えた。新しい機械は新しい若い技術者を要望した。父とともに残ってくれた二人では扱いきれなかった。父は従業員を増やし、残ってくれた二人のために、もはや儲けにはならない昔ながらの仕事も抱え込んだ。
そして二年後、わかりきっていた破綻がきた。新しく入ってきた仕事は新しく導入した機械に上回る量ではなく、注文はとればとるほど赤字になった。機械をとめて従業員を解雇した。古参の二人は工場最後の日に泣いていた。樋野さんの葬儀でも弟の死にも泣かなかったのに。
父は機械を売り払った。工場も売却した。それでも借金は残った。家の差し押さえの話がきて、父は物置で首を吊った。保険金が家を守った。
だから私は、あの家が嫌いだ。


恵養苑からの電話は母の死を伝えるものだった。眠るように逝った、と看護婦長は言った。
母は家を離れることを厭がったが、介助なしでは床から起き上がれなくなっていた老齢の独り者を放ってはおけない。老人ホームは私が探して入所させた。家は私が見るから、と言っておいたが、私は一度も行っていない。鍵は不動産屋に渡してあった。管理も任してある。最も、管理するほど立派な家じゃない。築三〇年を越す老屋。名義はまだ母のものだが、私は相続するつもりはない。ろくなことがなかった家だ。
母の死に顔は確かに安らかだった。やっと夫と息子の元にいけるという安堵感からだろうか。やせこけて貧弱な体。なのに顔だけは微笑んでいるように幸せそうだった。
火葬の手続きを役所でしている間、看護婦長に母の遺体を預かってもらった。私は葬儀屋に連絡したが、頼んだのは棺の手配と遺体の移送だけだった。
葬儀を行わないことに看護婦長は眉をひそめた。母の遺言だから、と私は言ったが、彼女は納得できないようで詳しい説明を暗に促した。私は気づかないふりをした。弟の死から説明しなくてならない。そんな気にはなれなかった。
棺は翌朝、陽があがらないうちに運び出した。そのまま火葬場に向かう。医師の死亡確認が終わって二四時間を経過しないと火葬は許可されない。まだ門が開かない山中の火葬場の前で私は移送車の運転手と無言で待った。
運転手はまだ若そうな三〇前後の青年だったが、それなりに経験があるのか、この奇妙な出棺に不躾な好奇心は現さなかった。私はほっとする思いで、時間がくるまで目を閉じて車の窓ガラスに凭れかかっていた。
弟の葬儀は悲惨だった。父の時は葬儀に割くお金がなかった。その分も家の保持金にあてた。父が手放したくなかった家。母もまた父の遺志を汲んで守った。
私も葬儀はいらない。母はそう言っていた。家族の誰も満足に送ってやれなかったのに、自分だけのうのうと葬儀をあげてもらおうとは思わない。ただ、父さんと息子の墓に入れればいい。
わかった。とだけ私は答えた。前回、母に会った日。あれは生きた母に最後に会った日で、三年以上前だった。
そう、あれが最後。あの時、母は言ったのだ。
「おまえに子供ができないのは、加也乃さんの報いかねえ」
それ以後、私はホームから何度連絡が入ろうと、母に会おうとはしなかった。


今でも思う。樋野さんは悲劇のヒーローだったが、彼の行為は本当に偉功だったのだろうか。樋野さんは川から弟を助けた。だがそれは救いにはならなかった。樋野さんの死で加也乃さんのお腹の中にあった命が消えた。弟は自殺した。三つの命が失われた。救いは、ない。


私は結婚してすぐにかかった産婦人科で加也乃さんと再会した。八年ぶりだった。加也乃さんは大きなお腹をかかえ、脇に四歳ほどの女の子をつれていた。先に声をかけてきたのは加也乃さんのほうだった。
私は驚きを隠せなかった。加也乃さんに会ったことではない。声をかけられたことにだった。彼女は弟の死を知っていた。父の死を知っていた。そして私に声をかけてきた。久しぶりに会った同窓生を見つけたように。
私の中では、通夜の日に気が狂わんばかりに泣き叫んでいた加也乃さんの印象しか思い出せない。しかし、目の前にいる彼女はどこから見ても、幸せそのものの奥様だった。
一〇月がね、予定日なの。加也乃さんは屈託なく笑って言った。おめでとうございます。わたしはそう答えた。ほかに言いようがない。
私は加也乃さんのマタニティドレスの裾をしっかりと握りしめている女の子を見た。樋野さんには似てない。当然だ。樋野さんの子供じゃないんだから。
大きいでしょう、まだ三歳なんだけどね。この子ができたときは嬉しくって。だってね、もしかしたらもう子供はできないかもしれないって思ってたから。加也乃さんはころころ笑う。それは昔と変わってない。樋野さんは加也乃さんをつれてよくうちに遊びに来ていたから覚えてる。樋野さんは加也乃さんの無邪気な笑い方が好きだと言っていた。
そんな笑顔を見たから素直に訊けたのかもしれない。本来ならこんな失礼な問いはできないものだ。私は目を伏せてぼそりとつぶやいた。
――それは、流産、したからですか?
加也乃さんの笑い声は途絶えた。私は身を固くした。やはり訊いてはいけないことだったのだ。加也乃さんは怒っただろう。なんて礼儀知らずなんだろうと罵られるのか。
しかし彼女は息を吐いただけだった。私は顔をあげられなかった。言葉も継げない。
「それね」
加也乃さんは沈んだ声で言った。
「そう書いたほうが悲劇性が増すからなんでしょうね。訂正してもらおうかとも思ったんだけど、あの頃は私もあなたたちを……許せなかったから」
私はもっと深く頭を下げた。土下座しているような弟の姿が思い出された。
「でもね、違うの。流産じゃなくて、堕ろしたのよ。だって、子連れじゃ再婚しにくいし」
私は顔を上げられなかった。俯いたまま目を見開いていた。
そう。加也乃さんが流産したと言ったのはワイドショウのリポーターだった。本人には確認していない。そんなことができる身分じゃなかった。そして弟は自殺した。父はその報道週刊誌を破り捨てて焼いた。


火葬場は予約制である。だが、朝一番の時間は希望者が少ないようで、私たちは開門とともに母の棺を釜に入れた。
移送者の運転手は帰っていった。看護婦長のつきそいを断ったので、私は母の骨を拾うまでの二時間を一人で待った。
骨壷に収められた遺骨はまだ熱を持っていて、底はほのかに暖かかった。
待合室から呼んだタクシーが私たちを待っていた。その時間になってようやく別の火葬者が到着し、人の数がにわかに増えた。私はタクシーの運転手に実家の住所を告げた。骨壷とボストンバッグだけを抱えた女が一人で乗り込むのはそう多いことではないだろうが、運転手はなにも訊かずに送り届けてくれた。


三年ぶり、正確には三年五ヶ月ぶりの実家は黴臭かった。空気が澱んでいる。不動産屋は鍵を持っているだけで風通しもしていないようだ。床の上は埃もかなり積もっていた。
胸が悪くなる空気にむせる。私は母の骨壷とバッグをハンカチで埃を払った座敷の卓の上に置き、足の裏を真っ黒にしながら縁側に急いだ。
古い造りの家で、いまだに木枠のガラス戸である。外の雨戸も木製のままだった。
まず、内側からガラス戸を開ける。湿気て膨張した木枠はギシギシいわせながらも遅々として動かず、一枚を開けるのにとてつもない体力を消耗した。肩で息をつぐ私の鼻に、ぷん、と甘い匂いがした。なんだろう。嗅いだことはあるが、なんの匂いだっただろう。
香りともいえる豊饒な匂い。庭から漂っている。私は満身の力をこめて立て付けの悪い雨戸を一気に開いた。
庭は、真っ白だった。白ユリの群生。庭の隅からすみまで、びっしりと咲き誇っていた。
むせかえる芳香。鮮やかすぎる白。私は呆然と立ち尽くした。
白ユリ。死者にたむける花だ。


父は桜の木を切り倒した。
手にマメをつくり、つぶし、丸一日かかって一人で切り倒した。切り株も掘り起こした。車に積んで、捨てに行った。
だから今は後も残っていない。大きな、古い桜の木。弟が首を吊った木。
あの木が残っていれば、父もあそこで首を吊って自殺しただろうか。
母は弟を憎んでいた。家を崩壊させた原因だと言っていた。
どうしてあんなに憎めるのだろう。自分の息子なのに。自分が生んだ息子なのに。
母は父の遺志のみでこの家を守ろうとした。父がなぜこの家にこだわったのかは関係なかった。父が残せと言ったから、残した。たとえ、父の葬儀の代金さえ惜しむとしても。


私は雨戸にもたれかかったまま、ずるずるとその場にへたり込んだ。 縁側に積もった埃に服が汚れたが、そんなことは気にならなかった。
私はいらない。こんな家はいらない。古い崩れ落ちそうな家。白ユリに埋め尽くされた庭。ろくでもない。こんな陰気な家、いらない。
涙がこぼれた。あふれてきた。喉がつぶれそうに痛かった。
「聡子!」
突如、私を呼ぶ声がした。私は驚いて身を振るわせた。夫の声だ。どうしてここに?
どたどたと乱暴な足音が響いた。いつもはこんな歩き方をする人じゃない。なにを慌てているのだろう。私はぼんやりと足音の主を待った。
夫はいくつかの部屋で回り道をし、じきに縁側に座り込んでいる私を見つけた。息があがっていた。それよりも私は夫の格好に驚いた。
「ねえ、あなた。もしかしてお風呂入ってないんじゃない?」
私は夫の顔を見るなり、間の抜けたことを訊いていた。だが、そのときの素直な疑問だったのだ。夫はわりかし神経質で、一度着たシャツなどは二度着ようとはしない。夏場、汗をかいたときは一日何度でも着替える。しかも、アイロンのかかっていないワイシャツは手にとろうともしない人である。その彼が、いまは全身汗だくで、いま汚れたばかりではないワイシャツをネクタイをゆるめたまま腕まくりして着ている。しかもそれは一昨日私が会社に送りだしたときに着ていたものだ。すると、この人は夕べお風呂に入っていないということになる。信じられない。結婚して一二年、そんなことは一度もなかった。
「どうして連絡しないんだ。俺にはなにも知らせないつもりだったのか」
「え……」
家を出ることは手紙に書いて置いてきた。離婚するかしないかは夫に任せるつもりだった。私は加也乃さんのように再婚の心積もりはない。だから、籍がどうなっても気にならなかった。
「恵養苑から電話があった」
夫は目頭をおさえた。「お義母さんの荷物はどうするかと聞いてきた」
ああ、そうか。三年もいたのだ。多少の私物はあっただろう。看護婦長に頼むのを忘れていた。
「聡子」
夫は私の横に膝をついた。
汚れるわよ。私は思ったが、声にならなかった。涙はとめどなく流れ落ちていた。
「帰ろう。一緒に家に帰ろう」
夫の声は優しかった。怒気はかけらもなかった。私は頭を振った。
お願いです。このまま別れてください。ごめんなさい。私はあなたにひどいことをしました。取り返しのつかない、ひどいことです。お願い、別れて下さい。もっとひどいことにならないうちに。
私は抱きかかえようとする夫の手を押し戻した。また頭を振った。
夫は拒絶された手を下ろし、深く嘆息して腰をおろした。グレイのスラックスが黒くなってしまった。
別れて下さい。私ははっきりと言葉にして伝えたかった。しかし声がでない。もれるのは嗚咽だけだった。
ボストンバックの中に薬が入っている。結婚してからずっと飲み続けている。ピルだった。
子供はできない。できるはずがない。私がつくらなかったのだから。
私は毎日かかさずピルを飲み続けていた。結婚して今日まで、一日もかかさず。
怖い。私は怖くて仕方なかった。子供を欲しいと思わなかった。愛せると思わなかった。
再婚が難しくなるからと、樋野さんの子供を堕胎した加也乃さん。
家族を崩壊させたと弟を恨んでいた母。
祝福される子供がいない。私が知っている子供はみんな死んだ。殺された。怖い。
夫は知らない。知らないままがいい。一二年の結婚生活は無駄にしたが、妻の裏切りにまであなたが心痛することはない。私は石女のまま去るから、私のことは忘れてください。罵ってください。
「別れてください」
私はやっと声に出して言った。まだ涙はとまらなかった。涸れるにはどれだけの年月がかかるだろう。一生無理かもしれない。私が背負った罪の重さと同じで。
「ごめんなさい……」
私は頭を下げた。だから夫の顔は見れなかった。見ていたら、夫が私のボストンバッグを見つめていたのを気づいただろう。だが、それに気づいたからといって、夫の次の言葉は予測できなかっただろうが。
「子供はいいよ」
夫は静かにそう言った。
「聡子が生みたくないなら、俺もいい」
私は頭をさげたまま体をこわばらせた。
――生みたくないなら、いい?
どうして私が生みたくないなんて。
私はそろそろと頭をあげた。涙がとまっていた。夫の顔を見る。夫はバッグを見つめたままだった。薬が入っている。ピルが入っている。
「どうして……?」
私の声は震えていた。自分でも滑稽なほどだった。
夫は、やはり顔を動かさずに言った。
「不妊治療は夫婦でするもんだ。おまえ一人だけっていうのはおかしい。病院に訊いた事がことがある」
「いつ……」
「おまえが病院にかかるって言ったとき」
それなら五年も前ではないか。ずっと知っていてなにも言わなかった?
「薬を飲んでることはその前から知ってた。でもそれがなんの薬なのか調べたのはあの時だ」
私は呆然と夫の横顔を見ていた。この人は誰だろう。私の知らない人のような気がする。
「弟さんが亡くなってることは知ってる。お義母さんがよく言ってなかったことも知ってる。だから、あの薬にはなにか意味があるんだろうと思ってた。おまえが言わないんなら無理に聞くつもりもなかった。でも言ってほしかったけどな。先生に子供を諦めろって言われたっておまえから聞いたときは、さすがにショックだったけど。ああ、やっぱり本音は言えないのかな、て」
この人は……。
私はどうしてこの人を選んだのだろう。子供をつくる気がないのならば、こんないい人を選ぶことなかったのに。この人はいい父親になる。誰かの父親にしなければならなかったのに。私が歳月を無駄にさせてしまった。
「ごめんなさい……」
夫は私を見た。優しく微笑んでいた。
「ごめんなさい……」
本当に申し訳ない。帰らない時間を悔やんでも仕方ないことは、弟の時に散々味わったのに。
弟が川に入らなければ私たちの家族はこんなことにならなかった。
弟がキャンプに行かなければ私たちはあのまま平穏に暮らしていた。
あのとき台風が川を荒らさなければ……。
虚しい遡時の繰り返し。やり直しのきかない過去。
「ごめんなさい……」
私は壊れた人形のようにつぶやきつづけた。もう涙も出やしない。己の愚かさに心臓がとまりそうだ。
夫は私の頭を抱えて胸に埋めた。汗臭かった。そして夫の匂い。私はしがみついて泣いた。わんわん泣いた。声を出して泣いたのはこれが初めてだった。


私は夫と家に戻った。翌日、夫を会社に送り出してから不動産屋へ連絡した。預けてあった鍵を返してもらった。実家を手離さないと伝えたときの不動産屋の顔は複雑な色を見せたが、そのほうがいいかもしれませんね、と言って用意していた譲渡書類を破棄してくれた。不動産屋を出る間際、彼はぽつりとつぶやいた。
「あのユリは移さないほうがいいですね」
私は軽く会釈して辞去した。
私もそう思う。だから実家を残そうと思う。でもあの家には住まない。もう誰も住むことはない。あそこは墓場だ。母が守ってきた、父と弟の墓場だ。
母は弟が憎いと言っていたが、あの白ユリを見てそれは嘘だったとわかった。母が憎かったのは弟ではなく、弟の死だ。家族の崩壊ではなく、消滅だ。あそこは家ではなくなった。墓場になった。そして母は墓守になった。


死者にたむける花は毎年夏になると満開になる。むせかえる匂いが麻薬のように人を惑わす。死者に近くなる。だから私は今年はあの墓場には行かない。今お腹の中にいる子供が生まれたら、手をつないで会いに来よう。三人が眠る、美しい奥津城に。


          ―― 了 ――
          2001年



黄泉帰里(よみがえり)

 バス停から二時間近くも歩きつづけているのに、一向に人家は見えてこない。
 私は立ちどまり、肩で息をついだ。
 女の身で一人、よくもここまで来たものだ。山はうっそうと茂り、暗い。ハイキン
グコースではない。ひとけはまったくといっていいほどない。ここで道を失ったら助
けは呼べない。
 だめだ。倒れる。私はへたりこむように、その場に崩れ落ちた。
 もう立ちあがれないかもしれない。息をつぐのも億劫になるほど、私はどろどろに
疲れていた。
 村への道は一本しかなく、曲がりくねってはいるが、距離は大したことない、との
ことだった。
 そうかもしれない。時間はどんどん過ぎていくが、周りの風景はほとんど変わらない。
おそらく、距離的にはさほど進んではいないのだろう。だが、曲がりくねった道とは、
切り立った崖や千尋の谷のことなのか? あれのどこが、ただの曲がりくねった
道、なのだ。
何度登り、足を踏みはずしそうになったことか。何度下り、滑り落ちそうになったことか。
アスファルトの街に生まれ育った者には前人未踏のジャングルだ。
 枝を払ってあるだけで、かろうじてそれとわかる道順は、人路としてはあまりにも過酷
だった。
 それを女の身の私がたった一人で進んでいけるのは、どうしても果たしたい願いがあ
るからだった。
 へたりこんでいても鉛のようなリュックは肩に喰い込んでくる。しかし、それを降ろす動
作さえも、もうできなかった。気力も萎える。体力はとっくに尽きていた。三ヶ月前のあの
日、あの電話を受けた時に私の心臓は凍りつき、再び温かくなることはない。眠れない
日がつづき、どんどん体が冷たくなり、あのまま朽ち果てるだろうと思っていた。あの人が
手を差し伸べてくれるまでは。
 私は木の幹にもたれかかって両足をだらりと投げ出した。糸の切れた操り人形みたいだ。
息を吐く。白い。陽が傾いてきた。寒い。気力もなくなれば、私はここでこのまま腐り、塵に
なって風に飛ばされるだろう。
 会いたい。もう一度、会いたい。
 私は愛しい人の名を口の中でつぶやいた。
 タカラ。
 私も死んだら、あなたに会えるだろうか。

 タカラに初めて会ったのは、大学に入ってすぐの春、一年前の四月だった。アルバイト先の
印刷屋で彼は新卒の新入社員だった。
 進入社員は先輩に仕事を教わり、復習の意味もかねて、それをアルバイト生に伝授すると
いうのがその会社の研修方法だった。私の担当にタカラがついた。
 毎日が楽しかった。アルバイトは週に三日、夕方五時から夜十時までの短い時間だったが、
私たちが一緒にいる時間は日に日に増えていった。私は大学の授業はそっちのけで印刷所に
入り浸っておしかけアルバイトをしていた。
印刷所の社長は黙認してくれた。それもそうだろう。勝手に無償で働いてくれる貴重な人材だ。
組合があるような大きな会社じゃない。社長がなにも言わなければ他に咎める者もいなかった。
 おかげでこの春、見事に留年が決定した。しかし私には気にならなかった。大学はやめてもよ
かったが、親は、せめて卒業しろ、と言い、タカラも私の両親の意見を尊重したので、もう一年だ
けの猶予をもらって私は家を出た。両親は一人娘の私をなにかと引きとめたが、結局、私の望む
ようにしてくれた。
 毎日が嬉しくて仕方なかった。自分でも驚きだ。こんなに好きになる人がいるなんて。あんなに
大事に育ててくれた両親を悲しませてまで、愛することがとめられない人がいるなんて。
 それを、たった一本の電話が断ち切った。

 警察からの電話は、あと二分で日付が変わるという真夜中にかかってきた。いつも一緒に印刷屋
から帰るはずのタカラが、その日は私が着替えている間に先に帰ってしまった。こんなことは初めて
だった。急いでアパートに帰ってみても明かりは消えたまま。ひとことの連絡もないまま私は途方に
くれて、一人でただ待つしかできなかった。
 受話器から聞こえる男の声は事務的だった。ただ、タカラの名を出し、知っている人ならば署に来
てくれ、と言った。私はふらふらとおぼつかない足取りで警察署に赴き、そこでタカラの遺体を確認
してほしい、と告げられた。私の心臓は凍りつき、あれからずっと動いていない。
 霊安室に入ったのは初めてだった。タカラもそうに違いない。最初で最後。彼は骸になって横たわっ
ていた。そしてその並びには、私の知らない女がいた。彼女も遺体だった。
 身寄りのない二つの遺体のために私の両親も呼ばれていた。母の顔を見た途端に私は気が抜けて
意識を失った。だからどうやってその部屋を出たのか、タカラとその女の葬儀がいつ終わったのか私は
覚えていない。
 
 その女の名を私は今も知らない。知る必要はないし、覚える気もない。タカラの妻。その事実だけ私の
心臓と一緒に凍りついた。
 タカラは印刷屋の進入社員だったが、新卒者ではなかった。そういえばそれは私が勝手に思い込んで
いただけだ。聞いたわけじゃない。だから彼の年齢も二十二歳と勝手に決めつけていた。本当のところ、
彼は二十七歳で、結婚して八年もたっていた。
 私はなにも知らなかった。タカラに聞いたこともない。知る必要はなかった。彼が一緒にいてくれれば、
それでよかった。
 妻がタカラを刺し、自らも同じ刃に身を刻んだのだと聞いた。激情にかられた無計画な犯行だと警察は
言っていた。
 どうでもよかった。計画的でも無計画でも、そんなこと私には意味がない。タカラが死んだ。それだけが
私の心臓を凍りつかせた。
 私は食事をしなくなった。何度か貧血で倒れて入院し、栄養は点滴でしのいだが、不眠症は治しようが
なかった。薬は効かなくなり、日に日に体力は衰え、死病をまとった。
 診療科に転院させられたが、ひとことも喋らない私のカウンセリングが幕を閉じるのはそう日数を費やす
ものでもなかった。すべての医者から匙を投げられた私は、人生も投げだせられるものかと考えるようにな
った。会いたい。もう一度、あの人に。

 ビルを見上げた。古い七階建ての雑居ビル。管理人を常勤させていないから出入りは自由。セキュリテ
ィーの不備は素人にも筒抜け。もっとも、ビル荒しが好みそうなテナントはひとつも入っていない。その分、
私の目的にはうってつけだった。
 私が必要なのはこのビルの屋上である。ドアの鍵が壊れていて防御柵もされていない。屋上には貯水
タンクがあるのみで金網も張られていない。飛び降りるにはもってこいだった。
 私は屋上のふちに足をかけた。高さ十五センチほど。道路の沿石みたいなものだ。一歩足を踏み出せば、
二十五メートル下にアスファルト道路があるだけ。私は叩きつけられて、ただの肉塊になるだろう。
 私は息を吸い込んだ。ぐっと腹に力を入れて手で押さえる。さあ、と意気込んで両手を広げる。
 ふいに、その手を誰かが引き戻した。私は慌てて後ろを振り返る。老婆が一人立っていた。私の右腕を
がっしりと握り、無表情に立っている。
 離して。と叫ぼうと口を開いたとたん、すーっと血の気が下がり、私は気を失った。体がどすんと音を立て
て屋上のコンクリートの上に崩れる。老婆はまだ私の右腕を握っていた。

 意識が戻ったとき、私は老婆の膝枕で横たわっていた。雑居ビルの一室だった。でも何もない。リノリウム
の床はところどころはげかかっているし、机も棚もない。空室の鍵が壊れていて、この老婆が勝手に入り込ん
で使っているのだろうか。私はぼんやりと考えた。
 老婆の膝枕は気持ちよかった。背は低く痩せていて、クッションはよさそうにないのに、私は老婆の膝枕
から立ち上がろうとはしなかった。私が気づいているのを知っているのに、老婆も私を起こそうとはせず、ゆっ
くりと優しく頭をなでていてくれた。
 どれくらいたった頃か、老婆がぽつりとつぶやいた。「会わせてやろう」
 それは本当に小さな声だったが、私の耳の真上でささやかれたので、はっきりと聞こえた。
 「会わせてやれるよ」
 私はじっと老婆の顔を見た。老婆は節くれだった指で私の前髪をかきあげた。
 私はほっとして目を閉じた。老婆は村への行き方を私の耳にささやいた。聞き終わったとき、私は眠って
しまい、起きると自分のベッドにいた。辺りを見回す。右腕をさする。息がもれた。
 夢だったんだろう。そんなことあるはずない。私は立ち上がった。素早く着替える。もう一度右腕をさする。
 家を出た。村を目指した。

 木のぬくもりなのか、私の体温が移ったのか、幹にもたれかけさせている背中が温かい。
 陽はとっぷり暮れた。寒い。手足は突っ張って動かない。冷えきっている。もうだめだな。ここで終わる。
 目からぽろっと涙が落ちた。一度流れるととめどなくあふれる。でもそれは私には意外だった。泣きたい
わけじゃない。なのに涙がとまらない。嗚咽は出ない。ただ、乾いた目を潤すためのように、壊れた蛇口の
ように涙だけがこぼれた。
 そしてそれは、タカラが死んではじめての涙だと気づいた。私はまだ泣いてなかった。彼にもう会えない、
とわかっていても泣けなかった。それが今、とめどなく涙があふれる。悲しいわけじゃない。
 では嬉し涙なのか。願いは叶うのか。
 私は背中が一層温かくなるのを感じた。
 涙でにじむ闇の彼方に、揺れる赤い灯が映っていた。それはゆっくりと近づいてきた。

 村人に支えられて案内されたのは粗末な庵だった。粗末といえば、村自体が粗末だった。信じられない
ことに電気がない。明かりはすべてだった。
 勧められて座った藁の座布団の向かいの席はからだった。白湯が出される。私は遠慮なく一気に飲んだ。
喉が鳴る。息を吐いて茶碗を置くと、向かいの席に老婆が座っていた。いつの間に。私は老婆を見た。雑居
ビルで私に膝枕をしてくれた老婆だった。安堵の息をついた。驚かない。むしろ、そんな気がしていた。
 「よう来た」老婆が言った。
 私は目だけで肯いた。

 湯につかると体が弛緩した。
 天然の温泉だった。村のちょうど真ん中にある。大きな岩に囲まれているが高さはなく、周りからは丸見え
だった。温泉の位置からは離れているが、粗末な庵がいくつか点在しているのが見渡せる。しかし、どの庵も
灯が落とされて闇に沈んでいた。
 村は小さなものだった。立って見渡せば全貌が目に入る。それほどのものだった。電気がない。電話もない。
車さえ見当たらない。もっとも、私が来た道が村への唯一の進入路だとすれば、とうてい車が使えるものでは
ないが。
 ここはりの里だから外から人が来ることも、外へ人が出ることもないのだ、と老婆は教えてくれた。
 死んでも死にきれずに甦ってくるものが存外に多くいるものなのだが、一度死んだ者はもとの世界には入り
きれずにはじきだされる。その吹き溜まりがこの村なのだという。ここは元の世界のように暮らしはあるが、
生活はない。腹がすかなければ食べもせず、排泄もない。眠ることもない。性欲もない。あらゆる欲がない。
することがない。生きていた時の自分とはぜんぜん違う。そうやって自分の死を理解すると、またへ戻っていく。
 死んだことが信じられない人のリハビリ施設なのね。私がそう言うと老婆は顔をくしゃくしゃにした。笑ったの
だと気づくには時間がかかった。
 私は湯の中で四肢を伸ばす。体がみるみるほぐれていった。
 湯から出ると食事が用意されていた。私にはなじみのない山菜ばかりだったが、味はとてもよかった。
 「でもここには食事の習慣はないんじゃないの?」
 そう訊くと、老婆はまた顔をくしゃくしゃにした。それがどういう返事なのか私にはわからなかったが、だから
といって重ねて訊くこともしなかった。大した疑問じゃない。
 私は出された食事を残さず食べた。吐き戻すこともない。薬と点滴だけで生き長らえてきた三ヶ月が嘘のよう
だった。咀嚼して食事したのは本当に久しぶりだ。そしてこれが最後の晩餐だった。

 空が白々と明けだした頃、老婆は私を村の真ん中にあるあの温泉へつれだした。松明の明かりだけでは
気づかなかったが、温泉を囲んだ岩のひとつに祭壇がまつられていた。祭壇といっても、こじんまりしたもの
だった。手のひらに載るほど小さな石造りの塔が左右対称に配され、その中央に香炉がひとつあるだけ。
四手もロウソクも飾られていない。
 私は温泉を覗き込んだ。ゆうべとなにか違う。なんだろう。手をひたしてみる。私はとっさに手を引っ込めた。
冷たい。水だ。しかも、雪解け水のように冷えた水。刺すような痛みがひたした手をおそった。
 私は老婆を振り返った。老婆は満足そうに目を細めていた。
 私はまた泉を見る。ゆうべは温泉だった。同じ場所だ。それは間違いない。広くもない村で庵を出て歩いた
方向も距離も違っていない。
 だが、私の気はすぐに鎮まった。なるほど。こんなこともあるのだろう。ゆうべ、私が勝手にこの冷水を温泉と
感じていたのか、たった一晩であの温泉がこんな冷水に変わってしまったのか。どちらも信じられないが、
この村ならありえることなのだろう。
 私は冷水で痛めた手をぷるぷると振った。手が乾くと痛みも消えた。
 老婆が私に服を脱ぐように言った。私は一瞬絶句したが、さほど抵抗もなく裸になった。ゆうべの闇の中と、
夜が明けてあかるくなった今とでは裸体をさらすことへの意識が違うが、私には気にならなくなっていた。
 老婆は私の手に金属製の風変わりな刃を持たせた。両端が刃で真ん中が柄になっている。柄には文様が
刻みこまれていた。見たことがある。これは歴史の教科書に載っていた。仏具だと記憶しているが、なにに使う
ためのものかははっきり覚えていない。刃は両方とも手入れがゆきとどいており、鋭く光っていた。
 老婆は懐から小袋を取りだすと香炉にくべた。なんともいえず甘い香りがたちこめる。ちりちりと音がした。
紫煙があがる。屋外であるのに、その煙は霧散することなく辺りに薄いベールをかけていった。火煙のように
モクモクあがる煙ではない。あくまでゆるやかに、香炉の四つの穴からたなびくといった緩慢な煙だ。なのに泉の
周りは瞬く間にかすみがかっていった。
 私の裸体の上を煙が這っていく。手に持つ仏具に絡みつく。甘い。どう言い表せばいいだろう。この匂い。甘い。
 泉に波紋が広がった。水の底からなにかが湧き出てくる。波紋はどんどん大きく広がった。
 「ほれ、来たぞ」
 老婆は私の背中を押した。
 私は呆気にとられながらも身構えた。拍子抜けだ。こんなに簡単に死者が呼べるのか。私はまた、禊を終えた
ものものしい衣装の巫女が護摩を焚きながら黄色い声で呪文を唱えて玉串を振りまわす場面を想像していたの
だが。 苦笑する。テレビの影響だな。マンガだったかな。実際はえらく地味だ。しかも早い。波紋の中心部から
すでに黒い影が浮き出ていた。人の頭だ。帰ってきた。
 私は手にしていた仏具を握りしめた。帰ってきた。おかえり。会いたかった。
 「タカラ・・・・・・」
 私が愛しい人の名を呼んだとき、彼の全身はすでに泉の上に立っていた。
 これも不思議だ。水の上に人が立っている。私は手を伸ばす。タカラの頬にふれる。冷たい。くすりと口元から
笑いがこぼれた。当然だ。濡れてるもの。彼はあの冷泉からあがってきたばかりだもの。
 私はあきもせず、タカラの頬をさすりつづけた。髪を、耳たぶ、鼻すじ、唇。
 彼は身じろぎもせず、手をだらりとたれたまま立ち尽くしていた。
 「俺・・・・・・」
 タカラは目の前にいるはずの私を素通りして、虚ろな瞳を瞬かせた。
 「タカラ、会いたかった。よかったあ・・・・・・」
 私は彼の胸に顔をうずめた。会いたかったの。本当に会いたかった。
 「でも俺・・・・・・、行かないと・・・・・・」
 私は頭を上げ、愛しい人の顔をじっと見つめた。変わってない。あの頃のままだ。でも私はずいぶんんと変わって
いるだろう。醜くやつれ、細って、手の指まで枯れている。
 「うん、大丈夫。ちゃんと帰してあげるから」
 私は手にしていた仏具を右手に握りかえた。こちらが利き腕。仏具の柄がしっくりと手になじむ。鋭く光る刃。
私はタカラの胸を見、心臓の位置を確認すると一気に深くその刃を突き込んだ。
 柄を握る私の手に、肉を突っ切る刃の感触が伝わる。ぐずりと音がした。タカラは信じられないものを見るように
目を見開いて私を見た。やっと私を見てくれた。刃は柄の根元まで突き刺さっていた。
 私は唐突に仏具の名を思い出した。だ。そう間違いない。でも使い方は相変わらず思い出せない。教科書には
書いてなかったかもしれない。私は正しく使っていないだろう。しかし私にはこれでいい。
 タカラの胸から血は出なかった。おそらく痛みもないと思う。すでに彼は死んでいるのだからそれも道理だ。
 それでも構わない。私は充分満足だ。ようやく会えた。やっと叶った。
 かえってきて。。もう一度だけ、おねがい。今度は、私が殺す。
 タカラは立ち尽くす。私は老婆を振り返った。
 「もらったよ」
 老婆は腕の中の布包みをひょいと上げてみせた。
 私はほほえむ。
 そしてまたタカラに向きなおり、両手で彼の頬を包むと口づけた。このまま抱きつきたいが、残念ながら私の
心臓も左胸にある。真正面では彼の左胸に突き刺さっている独鈷の対刃は私の右胸にしかこない。仕方ない。
私は彼の唇から自分の唇を離すと体をずらしてお互いの左胸を重ねた。彼の右肩に私の左手を置き、力いっぱい
身を寄せる。独鈷の対刃は、ずくっと私の左胸に呑み込まれていった。
 タカラが私の耳元で名前を呼ぶ。でも応えられなかった。私たちの体はずぶりと泉に沈んでいった。
 
 視界が真っ赤だ。そうか流れ出した私の血だ。泉の水にとけて拡散している。真っ赤だ。どんどん、真っ赤だ。

 タカラは裕福な資産家の娘を妻にした。娘といっても、彼よりも十六も年上で、本人はそんなことも気にならない
ほどタカラに夢中だった。
 義父が亡くなり、妻が跡を継ぐとタカラは会社の金を妻から引き出した。会社が倒産し、資産が尽きた頃、彼は
妻に離婚を申し立て、妻はようやく金目当ての結婚だったことに気づいた。な女だ。タカラも、離婚届にハンを押さ
ない女から一年以上も逃げ回っていたのに、やすやすと殺されてしまうなんて、莫迦な男。
 そしてこの莫迦な男は私の家の資産も調べて知っていた。そして私が一人娘で両親が私に甘いことは、彼に
とって私の第一の魅力だっただろう。莫迦な私。それでも愛してる。莫迦な男だから愛してる。ほかの女に殺され
たなんて許せない。私が、殺す。
 甦りの里は死んだことを受け入れられない人が帰ってくる里だと老婆は言った。だがタカラはいなかった。
殺されても当然だと自分でも思っていたのか。
 いないのならば仕方ない。呼び出すまでだ。老婆はを私のために使ってくれるという。泉で焚いた香。魂をらせる
呪術。そしてそれに見構う代償。私は老婆から聞かされ、それこそ私の願いだと肯いた。
 反魂香で呼んだ魂は自分の意志でないために、自分で戻っていくことができない。誰かが送り帰さなくてはなら
ない。そう、私が帰してあげる。私が殺して、一緒に。
 私は泉の底に沈んでいくタカラの体を抱きしめた。愛してるわ。私が殺した。もう、あの女には渡さない。

*****

 泉の水面はおだやかにゆらいでいた。うすく湯気がたっている。香の甘たるい匂いも消え、辺りは静かな鄙びた
田舎里に戻っていた。
 老婆は両腕に抱えていた布包みを解いた。生まれたての赤子はまだ開かぬ目でも眩しさを覚り、眉間にしわを
寄せてむずがる。娘の腹に育っていた、まだにもみたぬ胎児だった。
 おまえの男を呼び出してやろう。わしの里には反魂の香がある。だが、あの香で呼び出した者には帰してやる
者がいる。こちらにはもう戻ってこれない。いいか?
 それならばわしの里に来い。たが、わしの願いもきけ。わしにも欲しいものがある。
 娘は肯いた。腹の赤子を差し出した。
 老婆は泉を囲む岩の上にかがむと、ゆっくりと赤子を泉の湯にひたした。
 「この湯を覚えよ。これからおまえが守る里じゃて」
 たちまち赤子の顔が安らかな笑顔に変わる。
 老婆も顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。



―― 了 ――
2001年


『餓鬼』
棲みつく「餓鬼」
それは憑依したものか、それとも自ら産み出したものか・・・
ワスレテシマッテイタコトをオモイダシテシマウ怖さ。
そんな経験の無い方は是非この作品を読んで、キオクの蓋を開けてみてください。
貴方の過去にもナニカがあったかもしれません。


読了後は、是非とも掲示板へ感想を寄せて下さい。彼女の今後の活躍のために・・・
また、前作「廃憶」を読み逃がした方は事務局よりメールにて配信致しますので申し出下さい。

 小さな頃から、時折、なにかの気配に気づいて振り返ることがあった。 
――、気配に気づいても振り返ってはいかんよ。それは餓鬼だからね。
おまえを喰っちまうよ。

 祖母がよく私にしてくれた昔話の中にそんな言葉も入っていたかと思う。
祖母は私をかわいがってくれたが、私は祖母を好きにはなれなかった。

 祖母がする昔話はたいてい死人の出てくるもので、霊に憑かれただの、呪
い殺されただのと、まだ小さかった私には決しておもしろいものではなかっ
た。

 それでも、いつも聞き耳たてていたのは、怖いもの見たさ――この場合は
聞きたさと言うべきか――だったのかもしれない。
 祖母が亡くなったのが二年前。その頃から特に気になりだした<気配>に私
はほとほと閉口していた。
 初めてその気配に気づいたのは小学二年生のときだった。学校の帰りに誰
かが私のうしろにぴったりとくっついて来ているような気がして振り返った。
 そこに立っていたのは私と同じ年恰好の少女であった。
 射るように私を睨みつける彼女の目に怖くなり、一目散に家へと走り帰っ
た。しかし、必死で走っている間もその気配は私にぴったりとくっついてい
た。
 家の門をくぐり、ドアを開けようとしたとき、私は体が凍りついてしまっ
たかのように動きをとめた。
 ――つかまった!
 空気にも似た見えない手が私の体を引っ張る。私が、ゆっくりゆっくりと
振り返らされると――そこには誰もいないのである。なにもなかった。
 体は自由になり、ほっとした私はその場にへたり込んで泣きだしてしまっ
た。私の泣き声に気づき出迎えてくれた母になぜないているのかなど、言え
る由もなかった。
 あれから十年ののち、祖母が逝き、さらに二年が経ったのだ。
 祖母の葬儀が終ったとき、あまりの不安に眩暈を起こした。
 ――なにかがいる。なにか、とてつもなく恐ろしいものが私を見ている。
 祖母はいない。誰も私を護れる者はいない。どうすればいいのだろう。あ
の気配は私を喰おうとしている。
 助けて、おばあちゃん助けてッ!

 恐怖は日増しに大きくなっていった。いつでも〈気配〉が私のそばにあり、
私を喰らおうと舌なめずりをしているのだ。
 隙を与えてはだめだ。私の中に入ってこれないように。
 いつも張りつめている神経は私の体力を著しく奪い取っていった。
 体中を細い糸のようなものがまとわりついている――何かが、いつも私を
見ている。
 いつまで続くのだろうか、この小康状態。終らせたい。
 だが、その術を持たない。
 ――もう限界だ。
 ところが、その思いは相手方も同じようだった。
 大学、夏期休暇の明けたある日、学生のミスで実験室の爆発事故が起こり、
私は巻き込まれたのだった。
 本来なら学部が違う為に近寄らない校舎なのに、その日に限って理学部の
教授につかまり、教材の運搬を手伝っていた。
 大きな叫び声を聞いた。その刹那、爆音と光の渦が私を吹き飛ばした。目
の前も頭の中も真っ赤になったとき、私は二年前に祖母が逝ってしまったと
きの不安を再び感じたのだった。

 頬に水が落ちてくる――冷たい。
 ここはどこだろう。目を開いているのになにも見えない。
 なにかがそばにいる。あの気配だ。
 ――許さない。
 なに? 誰なの? 許さないって、なにを?
 ――絶対に許さない。
 誰よ、あなた。そこにいるの? 真っ暗で見えない。声が……出ない。
 いつも体にまとわりついていた糸のような細い線が私を締めあげた。皮膚
が切れて血が噴き出す。
 やめて!
 叫びは声にならない。私の耳にも届かない。なのに、皮膚が切れる『ビッ』
という音だけははっきりと聞こえた。音が鳴るたびに私は小さく刻まれてい
った。
 助けて! おばあちゃん!
 うめくことさえできなかった。
 ――無駄よ。祖母は死んだわ。もういない。
 誰なのよ、あなた。おばあちゃんを知ってるの?
 ――祖母を殺したのは私。
 なに? 殺した? おばあちゃんを……?
 ――そうよ。
 あなたが?
 ――ええ。
 あなた……だれ?
 私の体を縛りつけていた糸が音をたてて切れだした。体が自由になる。だ
が、気配はまだ近くにあった。
 ねえ、あなたは誰なの?
 ――私は……あなた。
 「…………!」
 その時、私の中に隠れていたすべての記憶が甦った。
 『振り返るな。振り返ってはだめだ。喰われる――喰われるぞ』
 あの日、あれは二年前。大学に受かったことを知らせに行った日、祖母は
出かけていて家にいなかった。
 私は祖母を迎えに行った。
 だが、夜遅くて不慣れな道に迷い、心細くなっていた。当て推量で歩いた
道の先に祖母の後ろ姿を見つけた。その時、なにかが狂ったのだ。私は忘れ
ていなければならないものを覚えていた。
 振り返るな。振り返るな。お願い、こっちを見ないで!
 「おばあちゃん」
 私は祖母に声をかけた。
 あんなに賢明な祖母が、なぜこのときに限って自分の言葉を失念していた
のだろう。振り返るなと諭したのはあなただったのに。約束したのに。
 祖母は振り返った。
 「なんじゃ、来とったのか。わざわざ迎えに」
 祖母の目がカッと見開いたのを覚えている。
 「おまえ……!」
 祖母の断末魔の叫びが今も私の耳に残っている。骨を砕く音と血をすする
音。このときの記憶は不思議と音だけで、どんな光景だっかのか覚えていな
い。気づけば、私の手は真っ赤に染まっていた。
 血溜まりの中に肉片が散っている。私は這いつくばってそれを舐めた。て
いねいにていねいに、一本の筋も残さずに舐め取った。
 殺したのは私。私が祖母を喰らった。
 私につきまとっていた気配はこれだったのだ。
 小学二年のときに見たあの少女。射るような視線。私は振り返った。あれ
はもう冬の短い陽が沈んだあとだった。
 玄関先でうづくまり泣いている私を母は訳もわからずたしなめて家に引き
込んだ。その夜から熱が引かず寝込んだ私を見舞いに来た祖母はベッドの横
で絶句して、はらはらと涙を流した。
 「おまえを護る。わしが護る。なにもさせやせん」
 そう繰り返しながら祖母は一晩中私の額を枯れた枝のような手でさすって
くれた。熱はさがった。
 約束したのに、おばあちゃん。なにもさせないって言った。なのにあいつ
は出てきた。おばあちゃんを喰うために。
 もうあいつを封じられる者はいない。私が祖母を喰った。私の口で。
 許さないと言ったのは私の心。穢れた口はそんな言葉を出せない。だから
心の中で叫ぶのだ。
 祖母を殺した私を、私は許さない。

 実験室の爆発事故の知らせを受けた私のかつての母が病院に駆けつけたが
すでに事切れていた。全身強度の火傷を負って、生焼けの肉の塊。母はそれ
が自分の娘のなれの果てだとは信じられないようで、しきりに頭を横に振っ
ていた。その動作があまりに長いので、看護婦は医師の指示を受け、数人で
彼女をおさえつけると鎮静剤を注射した。
 その様子を私は隣の処置室から眺めていた。新しく手に入れた体がガラス
窓に映っている。私はもう一度まじまじと見つめた。
 今度は男の体だ。爆風のあおりを受けて壁にたたきつけられ左腕を骨折し
たが、こんなものはすぐ治る。問題は右目だ。正面から衝撃をくらったので
飛んできたガラスの破片をよけきれなかった。失明した。が、まあ仕方ない。
振り返ってしまったのだから。
 私は新しい体をなでまわした。なじむまでは少々時間がかかるだろう。で
も時間はたっぷりある。今度はすでに成熟した体だ。
 しのび笑いがもれた。
 老婆は私を封じたつもりだったのだろうが、あいつにそんな力などありは
しなかった。私は待っていただけだ。あの娘は気に入った体だったがまだ器
が小さすぎた。うまく私が動けない。だから気長に待った。そしてようやく
使える頃だと思ったのに。
 まったく、あの老婆の血の者だけはある。私をはじきだそうとするとは。
 いくら抵抗しようと、押さえつけることは簡単だ。だがそこまでして執着
するほどの体ではない。私は即座に見切りをつけた。
 ガラスに映る姿は男のものとしては華奢だ。意思の弱そうな性格が体格に
でている。しかしこちらとしてはそれこそ好都合だ。案の定、この男は私が
入って以来、一度も出てこようとはしない。意識の隅っこでうずくまって震
えている。そう、そうでなければ。
 看護婦が私に車椅子に移るように指示する。素直に従った。私が座った車
椅子を看護婦が押す。病室につくまでの間、私はにやける自分を抑えきれな
かった。病は精神をも蝕む。気弱になった人間はすぐさま振り返る。
 私が夜の存在だと決めつけたのは誰だろうか。腹がすくのは夜に限ったこ
とではない。腹がへったら食事する。朝でも昼でも。
 ここは獲物の宝庫だ。


                了