病弱だった母さんは僕が4歳の時に死んだ。それからは父さんが再婚もせずに男手一つで僕を育てていてくれたけど、僕が10歳の誕生日に近づいたある日、父さんは自動車事故に巻き込まれて命を失った。
父さんの葬式の日、僕は誰からも祝われることの無い一人きりの誕生日を迎えた。
父さんと母さんは駆け落ち同然で一緒になったそうで、僕は親類に会ったことは無かった。
葬儀の後、しばらくの間僕は施設に預けられていたが、突然母さんの従姉妹だという人物が現れた。髪の長い、綺麗な女の人だ。
当然僕は知らない。
僕を養子として引き取りたいという話だったが、僕は断った。
今まで見たことの無い人に急に親類だと言われ、一緒に暮らすというのは何だか嫌な感じがした。
その人は何回も施設を訪れ、施設の人もその度にその人と一緒暮らすように勧めてくる。
次第に僕は自分が厄介払いされているように感じがして此処に居るのが嫌になり、施設を逃げ出した。
僕の家であるアパートは施設からは遠すぎてどちらにあるのか見当もつかない。
それでも僕は歩いた。
多分、死んだ父と母の幻影を求めて。
次の日の朝、公園のベンチで子供が眠っていたのを誰かが警察に通報したらしく、僕は施設に連れ戻されてしまった。
施設で怒られると思っていたけれど特に何も言われることも無く、面接室に連れて行かれた。
またあの女の人かと思ったけれど、今度はお婆さんが椅子に座っていた。
そのお婆さんは何度か面識があった。
時折父のもとを訪れ、僕にもお菓子をくれたり、昔話を聞かせたりと可愛がってくれた。
父の葬儀には参列してはいなかったが、おそらく連絡が行かなかったのだろう。
お婆さんは養子として僕を引き取るのではなく、自分が保護者という形で僕を引き取りたいと申し出た。
こんな問題を起こしては施設には居られない、知らない女の人のところには行きたくない、このお婆さんの事は嫌いではない。
僕は承諾した。
お婆さんの名前は「夢崎さよ」。
僕のひいお婆ちゃんだという。
プロローグ 「発現」
「はぁ、はぁ、はぁ、―――――」
僕は走った。
足が痛くても、息が上がってもそれでも走った。
僕が大祖母様に引き取られて3ヶ月が過ぎた。
僕が連れてこられたのは山間部にあるのどかな村だった。
大祖母様の住む家は40年ほど前に立てられたものだそうで、古いが造りはしっかりしておりこのあたり一体の地主だったのでとても大きく、家というより屋敷のようだ。
屋敷の裏には小高い山があり、そこに小さな社が立てられており、その奥には深い森が広がっている。
その森の奥には神様の降りる木があると大祖母様は言った。
社は神様を祀る為の物だと教えてくれた。
僕は「神様の木」を見てみたいと言ったが、大祖母様はそれを許してはくれなかった。
「あの森には鬼が住む。」
大祖母様だけでなく、村の年寄りは誰もがそう言った。
「はぁ、はぁ、はぁ、―――――」
僕は逃げた。
何も考えられない、何から逃げているのか分からない。
ある日、僕は思った。
鬼なんて居ない。
だから怖くなんて無い。
僕は「神様の木」を探して、森の奥へと足を踏み入れた。
大祖母様が駄目だと言ったのに、みんなが駄目だと言ったのに僕は森へ入った。
だから追いかけて来る。
何処までも追いかけて来る。
何時までも追いかけて来る。
嫌だ、怖い、誰か、助けて。
僕は逃げた。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて――――――――そして、森を、抜けた。
綺麗な月が良く見えた。
もう大丈夫。
だから僕は足を止めた。
一体何だったのだろう。
不意に影が差した。
振り向く、そこには―――――――――――――ソレが居た。
ソレは笑っているように見えた。
僕は何も出来ない。
泣くことも、叫ぶことも、逃げることも。
ソレがゆっくりと腕を上げる、そして――――――――
足元に子供が倒れている。
その小さな体から流れ出る血で、地面を真っ赤に染めている。
僕と同じくらいの男の子。
そのすぐ近くにソレも居た。
不思議なことに、怖くは無かった。
そして僕は気づいた。
足元に倒れているのは他の誰でもなく、僕自身だということを。
無性に体が熱くなる。
足元の体を見る、ぴくりと指が動いた。
うん、まだ大丈夫。
僕の中で「何か」が弾けた。
その後のことはよく憶えていない。
ただ、あんなに怖かったソレの驚いた顔が滑稽だった。