自在空虚(後編)

 

 「           ごめん。」

         え? 今・・・なんて?

 「俺、呪われてるんだ。付き合う女の子がみんな死んでいって・・・俺と付き合うと君まで死ぬから・・・本当にごめん!!」

 私は頭が真っ白になり、激しい頭痛と、吐き気に襲われ、彼が走り去っていくのを止めることなど出来なかった。

 「どう・・・して・・・」

 十七年間私はずっと彼を愛し続けていた。ずっと彼だけを見ていた。

 なのにそれが裏切られるなんて思ってなかった。

 「どうして・・・」

 そう繰り返すことしか私には出来なかった。

 

 

 その後のことは良く憶えていない。

 時間は深夜二時、いつの間にかこの肉体の持ち主だった少女も家の前にいた。もしかするとずっとあの場所で立ち尽くしていたのかもしれない。

 家に入ると少女の両親がものすごい剣幕でリビングから飛び出してきた。二人が怒っているのはその表情で容易に分かる。

 私は二人に怒鳴られていた。でも何を怒鳴っているのか分からない。

 何を言っているのか理解できず、二人の声は酷く耳障りな雑音にしか聞こえなくて、私は苛立った。

 「・・・・・ウルサイ」

 私は二人を殺した。

 今までのように心を殺すのではなく、その四肢を引き裂き、バラバラにした。

 ようやく静かになり、一つため息をついてから気づいた。

 「服、汚れちゃった・・・」

 私は足元に転がっている肉隗をそのままにして、浴室でシャワーを浴び、返り血を全て洗い流した後、部屋にこもった。

 「あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは私のもの。あなたは・・・・・・・・・・・」

 私はベットの上で延々と呟きながら朝を迎えた・・・

 朝になっても私は学校に行く気にはなれなかった。だって制服は血で汚れたまま放り出してある。その制服で学校に行くのはいろいろと面倒なことになるだろう。

 探せばもう一着くらいあるだろうがそんな気にもなれない。

 どの道もう学校などに用は無い。

 私に必要なのは彼だけなのだから。

 彼もきっと分かってくれる。

 私に彼が必要なように、彼にも私が必要なのだから。

 かれは私から離れることなど出来ないのだから・・・

 

 

 夕方になり、私は昨日と同じ道で彼を待っていた。

 「こんにちは。」

 「・・・・・っ!」

 笑顔で彼に近づく。

 「私ね、呪いなんか気にしないよ。だから       

 「やめてくれ!!!」

 ビクッ!

 私は思わず足を止めてしまった。

 「頼むから俺に近づかないでくれ。もう誰かが死ぬのはたくさんだ。だからも俺はもう誰も好きにならないって決めたんだ!」

      もう誰も好きにならない      それは二度目の拒絶。

 最初のあの子は彼にあんなにも愛されていたのに、彼は私を愛してはくれない

 十七年間彼だけを愛しつづけた私を愛してはくれない。

 目の前が真っ暗になる、なのに頭の中は真っ白、暑いのに寒い、呼吸が出来ない、喉がヒリヒリする。

 苦しみと、悲しみと、憎しみと、痛みと、愛しさの狭間で、私は一つの『答え』を出した。

 

 「だから、何だというの?」

 「え?」

 予想していなかった返事に、彼は驚いたようだ。

 「あの女達がどうだというの? 呪いで死んだ? 違うわ、あの子達は貴方に会う前からとっくに死んでいたのよ。」

 そう、私が殺したのだから。

 「何を言ってるんだ、あんた。初めから死んでいるだって? そんなことあるわけ無いだろ!!」

 彼は訳がわからず怒り出した。

 当然だろう、理解できるはずが無い。

 「死んでいたのは心。体が生きていないと動けないでしょう? 持ち主のいない体に私が入って貴方と会っていたの。気づかなかった? みんな私と同じ口調でしょ?」

 「そ、そんなわけ、ない・・・」

 彼の顔が段々と青ざめていく。

 もう少し、もう少しで私という存在を見てもらえる。

 「でもどの体も私に馴染まなくて、すぐに死んでしまったの。だから貴方が呪われているわけじゃないわ。それにもう私は死んだりなんてしない。この体は完璧だもの、これでようやく貴方と一緒に生きることが出来る。」

 「・・・・・」

 脅えているのだろう。未知の物に対し恐怖を抱くのは当然のことだ。

 今はそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。

 「ほんとに、お前が・・・」

 「ええ、そうよ。」

 私ははっきりと答えた。

 「じゃあ・・・あいつも、お前だったの、か?」

 あいつ、とは私が最初に殺した女のことだろう。

 私は首を横に振る。

 「あの子は私じゃない、けどあの子を殺したのは私。」

 私は誇らしげに言った。

 「あの子は私から貴方を奪おうとした。十七年間ずっと貴方だけを見ていた私からね。貴方には私だけが必要なのに。」

 そう、私には彼が、彼には私が必要なのにあの女はそれを奪おうとした。

 当然の報いだ。

 「・・・・・十七年?」

 もう彼は何処も見ていないようだった。

 「・・・私の元の体はね、二十年も前に死んでいるの。」

 もしかすると度重なる少女達の死が、彼を不安定にさせていたのかもしれない。

 私の言葉を聞いた瞬間、

          彼は、壊れた。          

 「うわああああああ!!」

 走り出す彼の背中を見ながら呟く、

 「そう、やっぱり、駄目なのね。」

 私はこんなに貴方を愛しているのに。

 あの女のことはあんなに愛していたくせに。

          やっぱり私を救ってはくれないのね。でも          

 「貴方に選択肢はないの。」

 私を愛してくれないのなら、私を救ってはくれないのなら、

          貴方を、私と同じところまで堕とすだけ          

 私は彼を追った。

 

 

 今の私なら彼に追いつくのは容易なことだ。無意識下の制御から解き放たれた肉体は数秒で彼に追いつき、その背中を引き裂くことも出来る。

 でも空はまだ明るい。彼の無残な抜け殻を他人の目に曝したくはない。

 「         ヒッ!!」

 私は彼を抱え、走った。彼は恐怖で硬直し、抵抗すらしなかった。

 今夜、私たちの魂は永遠に結ばれる。

 三年間、私が空虚な時を過ごしたあの廃ビルで          

 

 ドサッ

 彼を床に下ろす。

 「あ・・・ああ・・あ・・・・・」

 頭を抱えてうめいている彼に私は優しく囁く。

 「大丈夫、何も怖くなんかないの。ただ私と同じになるだけ。」

 そう、私と同じにするだけ。

 一人だけでは辛すぎるけど、二人ならきっと耐えていける。そのためには彼の肉体だけを殺せばいい。そうすれば私たちはようやく一つに          

 「無理だね。」

 私は驚き、顔を上げる。

 十メートルほど離れた窓枠の前に誰か立っていた。

 「見たところ彼に適性はない。君のように発現することはないだろう。」

 青年だ。年は彼より二、三上だろうか。飾り気のない動きやすい服装に、整った顔立ち。手には竹刀袋のような物を持っている。

 この異常な光景を目の当たりにしても、何をするでもなくそこに立つ青年は、一見普通の若者だ。ただ、

          あの青白く浮かび上がっている両手の文字のようなものと、背筋が凍るほど冷たく輝く赤い瞳を除いては          

 「貴方・・・誰?」

 私はその瞳に不吉なものを感じつつも尋ねたその時、

 「                  !!」

 蹲っていた彼が声にならない悲鳴をあげた。

 私にでも、青年にでもなく、私の後ろにたたずむ巨大な「何か」に。

 私がこの肉体で最後に見たものは、私などとは比較にならないほどの、圧倒的な暴力で少女の体を引き裂く、『鬼』としか形容できない生物だった。

 私は再び幽体となり、壁の隅で呆然としていた

 あの肉体を破壊されたショックよりも、そのおぞましい存在に私は恐怖した。

 青年が口を開く。

 「精神体、か。君は『分離』の適正が発現したようだね。」

         視えてる。

 「何かに依存したいがために依存の対象を壊してしまう。外へと関心を向ければ別の結果があったろうに。」

 言いながら青年は刀を抜く。美しい輝きを放つ日本刀。

 「とうして・・・どうして邪魔をするの? あと少しで彼と一つになれるのに・・・」

 「君は人を殺した。」

 青年が近づいてくる。

 いけない、ここにいたら殺される。逃げないと。

 殺される? 誰に? 誰が? 私が? 人間に? 私はもう死んでいるのに? でも!

 私は宙に舞い、壁を抜けて外へ         

 「遅い。」

 一閃。

 たったそれだけで私という存在は消えてゆく。

 

 

 私はこんなにあなたを愛しているのに。私は誰よりもあなたを愛しているのに。

 どうして私を見てくれないの? どうして私だけを見てくれないの?

 ・・・そんなこと分かっているのに、分かりきっているのに・・・

            私は、人殺しだから            

 

 

 パチン

 刀を収める音が響く。

 暗い廃ビルの中には刀を持つ青年、紫の腕を持つ鬼、床に失神している少年の三人だけが残された。

 「哀れだね、精神体として発現してしまったが為に『生きる』という意志の方向性を歪めてしまった。何かに依存したくもなる。」

 青年は悲しそうに呟く。

 「主殿、この者はいかがなさいます?」

 鬼が青年に尋ねる。

 この者とは当然、失神している少年のことだ。

 「この子はただの被害者だからほかって置こう。もうすぐ極東支部の人がここに来る、記憶の操作は彼等がしてくれるよ。今回の報告書もその人に任せる。」

 「御意。」

 青年は暗くなった空を見上げ、そして出口へと向かって歩く。

「さて、帰ろうか。」

 

 


あとがき

 最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございます。

 知らず知らずの内に暴走して、このような物になってしまいました。

 前編のあとがきにあった通り、この物語は番外編です。

 ここに出てきた青年、鬼、極東支部は本編にも登場します。

 初代TOP絵で描いた「殺女」も本編に出てくることになっています。

 時間はかかりますが、少しずつでも更新していこうと思います。