私はこんなにあなたを愛しているのに。私は誰よりもあなたを愛しているのに。
どうして私を見てくれないの? どうして私だけを見てくれないの?
・・・そんなこと分かっているのに、分かりきっているのに・・・
私には体が無いから、新しい器はすぐに壊れてしまうから・・・・・
自在空虚(前編)
二十年前にこのような存在として確立したとき、私は脅えていた。
まだ二十三歳の若さで自分が死ぬとは思っても見なかったが、その事実にではない。
私が脅えていたのは『死後の世界』というものに対してだった。
「・・・嘘・・・嘘でしょ? これが・・・こんなものが『死』だというの? だったら・・・」
だったら残酷すぎる
一言で言えば私は幽霊になっていた。
でもそれはとても怖いこと。
親しかった人達が、愛していた家族が、私のことを忘れていくのを黙ってみていることしか出来ない。
そして私には新しい絆を作ることは出来ない。
周りに大勢の人々がいても誰も私を見てくれない。誰も私に気づかない。
それは絶対の孤独。それは永遠の孤独。そう思っていた。
彼に出会うまでは・・・
総てに絶望した私は空虚となり、何をするでもなく現世を漂っていた。
そんなとき、彼が生まれてくるのを見た。
彼は元気な産声を上げ、生命に溢れていた。
私はその子供に嫉妬と羨望を、憎しみと愛しさを感じていた。
しかし空虚となり、一切の感情を失いかけていた当時の私には、それが何なのか思い出せず、その答えを生まれたばかりの赤ん坊に求めた。
私が初めて他人の人生に興味を持った瞬間だった。
今思えば、それが少年にとっての『呪い』の始まりだったのかもしれない。
その後、私は彼を見守り続けて来た。
幼い彼を見ていると、私はいつしか孤独を感じなくなっていた。
彼を我が子のように愛しいとさえ感じるようになっていた。
いつかこの子が、私に気づいてくれるのではないかという錯覚さえ抱いていた。
でもそんな事はありえない。
彼の周りを水草のように漂うだけの私を、彼が救ってくれるはずが無い。
そんな事は理解していた。
理解していたけれど私は信じたかった・・・起こるはずの無い奇跡を。
結局その愚かともいえるその考えを、私は捨てることが出来なかった。
そして今、私の抱く想いが、錯覚が、奇跡が成就しようとしている。
半年ほど前の冬、高校一年になった彼に恋人が出来た。
背は低めでショートカットのおとなしそうな可愛い少女だ。
まじめな性格で他人にやさしい彼とは、お似合いのカップルだっただろう。
私は壊れかけた古い記憶から、この二人は恋人同士なのだと理解したとき、私は嫉妬し、激昂した。
私がずっと見守ってきたものを、私の唯一の救いを、少女は何も知らずにいともたやすく略奪しようとしている。
そんな大罪を、私は許さなかった。
雪が降っていたある夜、私は少女の心を陵辱した。
犯し、壊し、崩し、奪い、潰し、貫き、侵し、そして殺した。
精神を完膚なきまでは解された少女は、肉体の生命活動まで停止し、二度と目覚めることは無かった。
私は彼を守ったという気持ちに陶酔し、優越し、恍惚とするほど満足していた。
この時に初めて、自分は彼のことを愛しているのだと実感した。
私の最初の殺人は、これ以上無いほどの快感だった。
彼は何故か酷く悲しんでいた。
私にはその理由が見つからなくて、彼がどうすれば笑ってくれるか考えつづけていた。
そして二ヶ月の時が過ぎ、私はあることに気が付いた。
私が肉体を持ち、直接彼を慰めれば良いのではないか。
簡単なことだ。前みたいに少女の心をコワしてからその中に自分が入れば良い。
どうしてこんな簡単なことが思いつかなかったのだろう。
それは私が一番望んでいたことだったのに・・・
その夜、私は彼と同じ学校に通う一人の少女の心を陵辱し、殺した。
少女の体の中に入ってみる。体は問題なく動いた。
「ほら、こんなに簡単なことだったんだよ。」
私は自分にそう言い聞かせた。
歩くのは久しぶりで苦労したが、少女の体が覚えているのか、少し練習するとある程度動くようになった。
「これで・・・」 私は嬉々として朝を待っていた。
朝が来て私は学校へ行った。
周りの人間や家族が少女の変化に驚いていたようだが、そんなことは気にしなかった。
私は彼が一人のときに近づき、自分の気持ちをぶつけた。
彼は呆気にとられていたようだが、私の気持ちを知り、それを受け止めてくれた。
嬉しかった。
彼が私だけを見てくれる。
彼が私に気づいてくれる。
それが嬉しかった。幸せだった。
しかし幸せは早すぎる終わりを迎えた。
次の朝、私はベッドから起き上がることが出来なかった。
起き上がれるわけない。少女の肉体は、死んでいた。
私は再び漂うことになった。
なぜ少女は死んだのか。
おそらく私と少女の体が馴染まなかったからだと思った。
だったら
「だったら私に合った肉体を探し出せばいいだけのこと。」
あまりにも簡単に答えに笑っていた。
私は少女たちを殺すことに何の罪悪感も無かった。
だってそれは、私に与えられた当然の権利なのだから。
四ヶ月かけて、私は5人の少女の心を殺し、その肉体を奪ったが、結局どの器も私に適合しなかった。一番長く保持できた最後の肉体ですら、一週間と持たない。
その間に彼は自分の周囲で起こる異変に脅え始め、私も焦り始めた。早く肉体を見つけないと取り返しがつかなくなると思った。
そして昨日、彼女を見つけた。
彼女を見た瞬間、私という存在が震えた。感じるはずの無い熱と寒気を感じ、眩暈を起こした。
私は歓喜した。私という存在に耐えることの出来る、彼女の肉体の存在に。そしてこの幸運に。
この肉体を持つ少女に私は心から感謝し、消え去ることの苦しみを与えず、ありとあらゆる快楽を与え、幾度もの絶頂の果てに殺した。
私が手に入れた肉体は完璧だった。まるで私のために存在するかのように自在に動き、従属した。
これで私の願いが叶う。ようやく彼と共に生きることが出来る。
次の日、私は学校の帰り道で彼を待っていた。
そして今、彼は私の目の前にいる。
私は迷うことなく彼に自分の想いを告げる。
あとがき
この「自在空虚」は半年ほど前に、なんとなく小説を書きたい衝動に駆られて書いた物です。
実はこの自在空虚は本編ではありません。
現在構想中の物語の番外編にあたり、幽霊女も少年も本編には出てきません。
名前が無いのはその為です。(言い訳)
そのうちに本編の方も更新していく予定です。