7-1-1
聖書の言葉
「ルカ 6-41」 |
『なぜ、兄弟の目にある塵を見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。 自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟に向かって、兄弟よ、 貴方の目にある塵を取らせて下さい と言えようか」 「偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除けるがよい、そうすれば、はっきり 見えるようになって、兄弟の目にある塵を取り除けることが出来るだろう。』 聖書にはたとえ話が多い、分かりやすいようで 分かりにくい。 私は自分に出来範囲で、人にしてやりたいと思うこともあります。 これは偽善者なのであろうか。それともお節介なことであろうか。 誰も満点の人などはいないのですが、満点になるよう努力は必要であります。 満点でなくても60点でも70点でも人に出来ることはたくさんあります。 |
「マタイ19-18」 |
『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな、父と母を敬え、 また自分を愛するように、貴方の隣人を愛せよ』 青年はそれらをすべて守っています、他に何をすればいいのですか。 『もし貴方が完全になりたいと思うなら、貴方の持ち物を売り払い 貧しい人に施しなさい。そうすれば天国に宝を持つようになる。』 青年は悲しく立ち去った、彼は資産を持っていたからである。 『よく聞きなさい、富んでいる者は天国に入るのは難しいものである。 貴方方に云うが、富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を 通るほうが優しい。』 『私の名のために、家 兄弟 姉妹 父母 子もしくは畑を捨てた者は その幾倍も受け、永遠の命を受けつぐであろう。』 (聖書) 私には言葉の裏にある本当の意味?までは分かりませんが。 聖書の中には人間の道徳や倫理では理解できない高い所の言葉がある。 肉体を持った人間では出来ない、神にならないと出来ないことですね。 私もこの青年と同じです。全財産を他人に与えることはできません。 言葉通りなら、私だけでなく天国に行ける人は誰もいないでしょう。 でも私は死を前にしたときには、すべてを残った人に与えられます。 |
「マタイ7-7」 |
『求めよ、そうすれば、与えられるであろう。探せ、そうすれば、見出すであろう。 門をたたけ、そうすれば、開けてもらえるであろう。』 『すべて求める者は得、探す者は見出し、門をたたく者は開けてもらえるからである。』 (聖書) 人は神社仏閣の前で入学祈願、商売繁盛、家族平安を願っていますが、 でも、誰もが願い事が叶えられるとは信じていないでしょう。 求めなければ得られません、探さなければ見つかりません。 私は求めることや、探すことに、真剣に努力すれば必ず叶えられるでしょう。 だが いつ叶うかは分からないものですが、老いてみてそれが分かります。 私も自分の人生で真剣に求め探したものは、叶ったと思っています。 |
「ルカ 12-16」 |
『ある金持ちの畑が豊作であった。そこで彼は心の中でこう言いながら考えた 「どうしよう 作物を蓄えておく場所がない」そしてこう言った「あの倉を 取り壊してもっと大きいのを建てて、穀物や財産をみなそこにしまっておこう。 そして自分の魂にこう言おう。「魂よ、これから先 何年分もいっぱい物が ためられた。さあ安心して食べて飲んで楽しめ。」しかし神は彼に言われた。 「愚か者、お前の魂は今夜お前から取り去られる。そうしたら、お前が用意した 物は、いったい誰のものになるのか?」』 (聖書) 大豊作であれば今の倉を大きくして保管に努め、現代人であれば預金をするでしょう。 私なら全部使わずに、将来のために預金する人は正しいと思います。しかし神は彼を 否定して愚か者として殺した。私には神の気持ちは難しくて分からない。 |
「マタイ 5-38」 |
『目には目を、歯には歯を』と言われたことは、貴方方の聞いているところである。 しかし私は貴方方に言う、悪人に手向かうな。もし誰かが貴方の右の頬を打つなら ほかの頬を向けてやりなさい。』 「目には目を、歯に歯を」が良いとは思わないが、悪人に手向かうな、とは思わない。 右を殴られたら左も殴らせよ、とは思わない。私には神の心は持てません。 |
「マタイ 6-34」 |
『明日のことは思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう。 明日一日の苦労は、その日一日だけで十分である。』 生まれてくることは心配です。この世で生きることも心配です。 世間は悩みの種、死ぬのも心配です。子供のうちは心配です。 年をとっても心配です。自分の子供も心配です。 あらゆる後悔も苦労も心配です。幸せに暮らしても心配です。 人間は明日(未来)のことは、すべて心配なのです。 誰もが未知の未来は心配です。不安で心配であれば、計画的に対策をとるべきです。 対策や対応もせず、ただ不安に思ったり、心配してもしかただない。(取り越し苦労) それよりも、今日の問題は今日中に終わらせる。そして明日に備えることです。 明日になれば、また明日の(今日の)問題に対応することです。と理解した。 |
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