大野寺 弥勒摩崖仏





【史跡『大野寺』の志を里より(一部略)】

寺伝によると、白鳳九年(681年)に役小角(えんのおづぬ)が開き、天長元年(824年)に弘法大師が室生寺を開創のとき、西の大門と定め一宇を建て、本尊弥勒菩薩を安置して慈尊院弥勒寺と称しました。その後、地名を名づけて大野寺と称すと云います。
鎌倉の初期、承元元年(1207年)興福寺の荘園であった時、宇陀川の対岸に屹立する弥勒摩崖仏の造顕がなされたのであります。
発願主は興福寺の雅縁大僧正で、後鳥羽上皇に奏上し、上皇の勅願によって造立されました。
高さ100尺(33メートル)に近い弥勒巌に、高さ45.5尺(13.8メートル)の挙身光式の凹みを切り込み、その内面を水磨きして弥勒仏の立像を線刻したものであります。仏身の高さは蓮座ともで、38尺(11.5メートル)で日本石仏史上重要な造例であります。
石仏縁起に宇陀川をへだてて彼岸に造立するとありますから、対岸は彼岸であり弥勒の浄土であります。弥勒菩薩が次の世に如来となってお出ましになるお姿を線刻してあるのであります。


【大野寺拝所に掲げられている案内書き(一部)より】

石仏は大野寺の東、宇陀川を前に西面して峙立する流紋岩質溶結凝灰岩の大岩壁に二重円相光背を彫り凹め、その面に薬砥彫陰線で現されている。
螺髪は鱗状に、眉目は全部彫り下げ、口は輪郭を刻む、首は三道を現し、総身袈裟を纏い、右手垂下して、施無畏印、左手屈臂掌上外にして、第一、第二指を念じ、斜め右を向いて割蓮華座上に立つ総長約一一・五メートルの巨像である。



 参拝地:奈良県宇陀市室生大野1680 大野寺
        参拝日:平成28年12月26日(月)


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