「大丈夫か?」
ゴールデンウィークもとうの昔に過ぎて、梅雨入りも間近となった5月も下旬、翔吾は隣を歩く、昨日初めて結ばれたばかりの恋人を気遣っていた。
「うん・・・・大丈夫だと思う・・・・」
初夏の朝の陽射しにきらめく街路樹のさわやかな緑を背に、愛しい恋人ははにかむような笑顔で少し頬を染めて、翔吾を見上げた。
「辛かったらゆっくり歩いていいから・・・」
「うん、ありがと・・・」
『あぁ・・・コイツってば初めてだったのに、無茶しちまったんだよな・・・舞い上がっちまって、理性も気遣う余裕もふっとんじまってさ・・・痛いんだろうな・・・やっぱ・・・』
そんな風に翔吾はゆうべのことを少しだけ後悔していた。ほんの少しだけ。
「ごめんな。今日学校あったのに・・・休み前にすりゃ良かったな」
「ばっ・・・バカっ! 何言って・・・・」
真赤になって俯いてしまった恋人はとても可愛くて、翔吾は『誰もいなかったら抱き締めてキスしてるとこだな、コレは・・・』などと、恋人に知られたら殴られそうなことを考えていた。
登校する学生達が、ゆっくり歩く二人をどんどん追い越していく。
彼の名は、成田翔吾。
私立青陵学園高校の2年生だ。
中学の時にアニメの影響を受けて、少しバスケットをやっていた所為か、上背は人様より立派だった。髪の毛はツンツン逆立っていて、面構えも高2には見えないくらい目付きも鋭かったが、近隣の学校の女生徒には『ソレがチョ〜いけてるって感じぃ〜(語尾上げ)』といった具合に評判はよろしかった。
高校に入ってからは、女のコ達とのデートに明け暮れていてバスケットはやめてしまっていたが、自慢の長身は187センチもあった。
友人たちには『タラシ』という有り難い二つ名を頂戴している翔吾の隣で辛そうに歩いている恋人の名は、羽田航。
そう、彼らは男同士だが恋人同士でもあった。二人が恋人と言えるようになるまでには人並みに、いやそれ以上にいろいろあったのだけれど、翔吾は今サイコーにハッピー(本人談&死語)なのだそうだ。
何と言っても、想い人と身も心も結ばれたのだから。
『ゆうべの航はスッゲェ可愛くて、妖しいくらいキレイで・・・あぁっ! もうっ! 俺は航にベタ惚れなんだよっ! 悪いかっ!?』
ファンには聞かせられない翔吾の心の声である。
何とか遅刻は免れて教室に辿りついた二人の耳に、悪友たちの話し声が聞こえてきた。
「賭けは翔吾の勝ちかぁ。コンチクショー!」
「そのようだね。でも、本当にアノ羽田航が翔吾に堕ちるとはね・・・」
「やる気満々だったもんな。で、堕とした後はどうするんだ? 弄んで捨ててしまうってか? マジ、ひでぇ野郎だな。でも、羽田みたいな美人だったら翔吾に捨てられて泣いてるのを慰めてやってもイイってヤツはたくさんいるだろうけど・・・・性格は悪いけどヤル分には関係ないからな・・」
「―――――――――――!」
それを聞いた航は信じられないと言うように首を振って、やがて全てを理解したような表情でため息をついた。
「・・・・・そういうことだったのか・・・・」
ゆうべのことで有頂天になっていて、すっかり忘れ果てていたけれども、実はそういうことだった。
話せば長いことながら、翔吾はこの悪友たちと航を堕とせる堕とせないで賭けをしていたのだ。
翔吾はもう顔面蒼白である。見下ろした航は、感情を何処かに置き忘れてきたかのように無表情だった。
「全部ウソだったんだな・・・・なんかおかしいと思ってたんだ・・・お前みたいなヤツが俺なんかを相手にするはずないって・・・・俺だって、もう誰も信じたりしないって決めてたはずなのに・・・・で、賭けに勝った気分はどうだ? 俺もお前の勝利に貢献したんだから、分け前は寄越せよな」
自嘲的に呟かれた言葉が航の、つい数時間前までは翔吾と熱くくちづけを交わしていた口唇からこぼれて、翔吾の心に突き刺さった。