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「違う・・・」
 ちゃんと言い訳・・・弁解・・・・いや、説明しなけりゃならないのに、言葉は翔吾の喉の奥深くに貼りついたようになってしまっていて、出て来ない。廊下には二人の様子を不審に思った人だかりができていた。
 何か言わなきゃと焦る翔吾を、航は出逢った頃と同じ、射殺してやると言いたげな視線で射抜いた。
「違うって何が違うのさ? そんなに真っ青になってるじゃんか。図星なんだろ? あぁ、もういいよ。騙された俺も悪いんだからさ。女じゃないんだからバージン返せなんて言えないしな・・・」
「やめろっ! 違うって言ってる!」
 翔吾は航の腕を掴んで叫んだ。航をはじめヤジ馬達もビックリするくらいの大声だった。
 今ここに誰もいなかったら、航を抱き締めて百回でも千回でも『愛してる』って言えるのに・・・と、翔吾がもどかしく思っていると、廊下で騒ぐ物音を聞きつけて、教室の中から窓が開いた。
「翔吾・・・?」
「もしかして、俺達の話聞いてた・・・?」
 驚きの表情を顔に貼りつけて、二人の悪友が立ち竦んでいた。
「離せよっ! 離せったらっ!」
 暴れる航の身体から不意に力が抜けた。真っ青な顔で、その場にくず折れる。周りで叫び声が上がった。
「航・・・・?」
「翔吾! 何ぼんやりしてるんだ!? 保健室だ! 急げ、バカ!」


「この様子じゃ貧血のようね。しばらく寝かせておけば大丈夫でしょう」
 養護教諭はそう言うと、これから研修に出かけるのだと言って慌ただしく保健室を出て行った。
「職員室には声を掛けて行くから、君はちゃんと授業に戻りなさいね」との言葉を残して。
「ごめん・・・航・・・・」
 色を失った口唇に触れるだけのくちづけを落として、翔吾は激しく後悔しながら今日までの出来事を思い出していた。





 2年に進級した頃満開だった桜も散り果てて葉桜になり始めた、4月も半ばにさしかかったその日、2年B組の教室のちょっとしたセンセーションが巻き起こった。
「転校生? 今頃?」
「あぁ、なんでもスッゲエ美形なんだってさ」
 翔吾の中学校からの悪友(談じて親友なんかじゃない!←翔吾談)の木村徹がニヤニヤしながら言った。
「なんでお前が知ってるんだよ?」
 翔吾は、朝っぱらから母親とつまらないことで諍いがあって、不機嫌をこめかみに貼りつかせたままぶっきらぼうに訊いた。
「俺が今見て来たからだ」
 徹の隣でプリントの束をヒラヒラさせながら、これまた中学の時からの悪友かつ2Bのクラス委員長であるところの佐々木慎司が言った。つまりのところ、こういうことらしい。
 今朝の1時間目は自習になるからというので、委員長の慎司が教員室に課題のプリントを取りに行って、担任にその転校生とやらを紹介されたと言う訳だ。
 朝のホームルームの時間に担任に伴なわれて現れた彼の美貌に、クラス中が騒然となったのは、チャイムが鳴って数分後のことだった。
どこか外国の血が混じっているのではないかと思わせるような、透き通る白い肌、研ぎ澄まされたナイフのように鋭い眼光・・・
 そう、誰も側に寄せつけようとしない強い意思がこもったような氷のまなざしが、ひどく印象的だった。