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 マンションの前まで戻って来た航は、入り口に佇む人影を見て立ちすくんだ。
 いつもなら無視して前を通りすぎるのに、動揺してしまったのは、マリとセンチメンタルな話をしてしまった所為だったのだろうか。
「航・・・俺・・・」
「・・・・・」
 翔吾は返事がないのを承知で声をかけたが、今日の航は様子が違うような気がしてた。
「お願いだ。許してもらえるなんて思ってない。だけど、話だけでも聞いて欲しいんだ! 頼む」
「俺の前にその面を見せるな。ヘドが出る」
 返事をした航は混乱していた。いつもなら何を言われても知らん顔して通り過ぎていたのに、何故今日に限って返事をしてしまったのだろう。
「航・・・好きなんだ・・・」
「気持ち悪いことを言うんじゃねー! バカ野郎! 帰れよ。帰れったら!」
「帰らない。話を聞いてくれるまでは。絶対に帰らない!」
 翔吾はしぶとく食い下がった。航が口をきいてくれたのだ。たとえそれが罵るものであっても、これはチャンスだと思った。これを逃すと今度はいつ話を聞いてくれるかわからないから。
「勝手にしろっ!」
 航が翔吾の脇を通り抜けようとした時、腕をとられて引き寄せられた。
「何すんだよ。離せっ! 人に見られるだろっ!?」
「誰に見られても構わない。俺は航が好きなんだから」
「お前はよくても俺が構うんだよっ! ここに住んでるんだから。わーったよ。話聞いてやるから、この手を離してくれ」
 航は観念した。いつまでもこのままじゃいられないのはわかってたし、決着をつける時が来たのだと思った。


「ここから入ってくるんじゃねーぞ!」
 そう言うと航は自分の部屋に入って、ドアを閉めて鍵をかけた。
「さあ、聞いてやるから話せよ」
 翔吾は航の部屋のドアの前で、今までのいきさつを話し出した。長い時間をかけて、じっくりと言葉を選んで話した。
 最初は、美人のくせに生意気なヤツだと思っていたこと。だから、鼻をへし折ってやるつもりで徹と賭けをすることになったということ。でも、いつのまにか欲しいものがマリナーズグッズから航自身に変わっていたことを・・・
 そして・・・・・
 翔吾はドアを叩いて、激情のままに叫んだ。
「航が好きだ! 好きだ! 好きだ! 好きだ! 好きだ!」
「・・・・・・・・・」
「ごめん! 護るからって言ったのに、俺自身が傷つけて。ごめん! 信じていいよって言ったのに、裏切るようなことになってしまって。俺サイテー野郎だ・・・一番好きな航を、取り返しのつかないくらい傷つけたりして・・・・航が望むなら、死んでお詫びするから・・・」
 ガチャッ バッターン!
 堅く閉ざされていたドアがいきなり開いたかと思ったら、航が翔吾の胸倉を掴んで睨み上げていた。
「わ・・航?」
「死ぬだと? そんな勝手はさせねぇ」
 ドスの利いた声で唸った。
「決めた。一生かけて償わせてやる。この俺を騙していた事。後悔先に立たずと諦めるんだな」
「許してくれる・・・のか?」
 ポカンとしている翔吾に、航は怒鳴りつけた。
「バカヤロー! 勘違いするんじゃねぇっ! 誰が許すもんか! 自殺なんかされちゃ、寝覚めが悪いからだろうがっ!」
「わかった。一生側にいるから・・・・」
 その言葉を聞いて、航はニヤッと笑った。