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「信じ・・・られな・・い・・・・」
「どうして? じゃあ、こうすれば信じてもらえる?」
 彼の顔が近づいてきた。




 今思えば、はじまりは真矢(まさや)の一目惚れだったのだと思う。
 1学期の始業式。新入生の中にひときわ華やかに人目を引く彼を見つけた。
 彼の名前は、湯島佳尉(ゆしまかい)。今すぐにでもトップアイドルにでも、スーパーモデルにでもなれそうな容姿と長身で、上級生からも黄色い悲鳴が上がっていた。
 その場にだけ光が射しているように感じたのは、真矢だけではなかったと思う。そしてその日からお約束のように、佳尉は遊び人としての高校生活を送り始めたのだった。

 藤枝真矢がゲイだと認識したのは、高校に入学した頃だった。雛人形の男雛のような和風の顔立ちで物静かな性格をしてる彼に、交際を申し込む女のコは多かったのだが、ことごとく断っていたら、クラスメートに「お前、ゲイなのか?」とからかわれたのだった。
 やっかみ半分の冗談を真に受けて、真矢は大して悩みもしないで、自分はそういう人種なのだと納得したのだった。
 実のところ、真矢は人付き合いが苦手なだけだったのだが、女のコと気を使いながらつきあうよりは、男同士の方が気楽だったので、そういう短絡的な結論に落ちついたようだ。
 かといって、特定の男と親密なつきあいをすることなく、3年の現在まで過ごしてきた。
 なぜ佳尉にこれほどまでに惹かれたのか、真矢自身にもわからなかったが、ただ、真矢は佳尉のようになりたかった。
 自分の引っ込み思案な性格も、中性的な容姿も、好きでなかった。佳尉のように社交的で、男らしい容姿になりたかったのだ。
 遠くから見ているだけでよかった。
 告白などする気は毛頭なかった。
 3年と1年では校舎も別だし、部活などが一緒でない限り接点もないし、第一、男からの告白をまともに受け取ってもらえる訳がないのだから。
 なのに、思わぬ盲点から接点ができてしまった。
 球技大会実行委員
 アミダで選ばれた真矢と同じようなものだったらしい。『俺ってイザって時のジャンケンに弱いんだよな』と苦笑交じりに言っているのを、後から聞いた。
 放課後はいろんな女のコ達と遊び歩いている佳尉だったから、ロクに仕事をこなさないだろうというのが大半の意見だったが、人より真面目に働いていた。
 そのことも真矢の想いを深めることになった。
 バスケットに出場していて豪快なダンクを決める姿も、惚れた欲目を抜きにしてもカッコよかった。女のコからの声援も、大半が佳尉に集中していた。
 ほんの数日だったけど、直接言葉は交わしたことがなくても、佳尉と一緒に活動できたことで高校生活のいい思い出になったと、真矢は嬉しかった。
 佳尉から声をかけてもらえる日が来るなんて、その時の真矢には想像もつかなかった。