「えっ・・・まじ、藤枝まあやって、藤枝なのか?」
「あ・・うん・・・・」
イラストを描いては雑誌に投稿するのが唯一の趣味だった真矢が、小説のイラストレーターとして、雑誌に載ったのがクラスメートの目に留まり、よく似たペンネームにからかわれて、つい口を滑らせてしまったのだ。
「お前ってこんな特技があったんだ?」
投稿時のペンネームは、本名をひらがなにした『藤枝まさや』にしていたのだが、デビューするに当たって、担当の一声で漢字の真矢をもじって『まあや』と女性のようになってしまったのだった。
実際真矢の描くイラストは繊細で、女性が描いてるのかと思わせた。
「なぁ・・・俺に1枚色紙描いてくれないか? 明日持ってくるからさ」
「い・・いいけど・・・・」
真矢がそう返事した途端、いつの間にそばにいたのか、数人のクラスメートにワッと取り囲まれた。
「ワタシもリュウを描いて〜」
「俺はアリスで頼む」
「ちょっと待て、お前ら・・・一度に言っても藤枝センセーが混乱するだろが。この紙に名前とリクエストを順番に書け」
クラスメートの岡崎がにわかマネージャーになって、注文をさばいていた。
「1枚500円だからな」
岡崎にそう言われてクラスメートはブーブー言ってたが、次の日の昼休みには、10枚の色紙とリクエスト用紙、カラーのボールペンとサインペンが紙袋に入れられて、椅子の上に乗っていた。
「コレが取り敢えずの代金な」
封筒に入った5000円を渡されて、真矢は戸惑った。
「こんなの・・・受け取れないよ・・・」
「何言ってんだよ。当然の報酬だろ? 仮にもプロとしてやってんだからさ。仕事が忙しいなら、コッチは急がねぇからな」
よろしく頼むよ、センセーと肩を叩かれて、真矢は仕方なく頷いた。
その日の放課後、がらんとした学食でリクエスト用紙を前に、自販機のコーヒーを啜っていた真矢は、背後から声をかけられた。
「センパイ。ちょっとイイですかー?」
振り返った真矢は、声をかけた主を見て、驚きのあまり声を失った。
「ゆ・・・湯島くん・・・」
「アレ・・・俺の名前覚えててくれたんだ? 光栄だなー。今やウチの学校で一番の有名人なのに、こんなトコで一人で何してるんですかー?」
いまどきの女子高生のように語尾を延ばすしゃべり方で、佳尉は前からの友達のように話しかけてきた。
「ど・・どうして、ここへ・・・?」
いつも放課後にはドコかへ遊びに行くのにさっさと下校する佳尉が、何故こんなとこにいるのか、真矢にとってはそのことのほうが疑問だった。
「俺? ウワサの有名なイラストレーターのセンセーがコッチの来るのが見えたから、ちょっと話してみたいなーとか、思ってさ。迷惑だった?」
「め・・迷惑だなんて・・・そんなこと・・ないよ」
真矢が否定すると、佳尉は嬉しそうに笑った。
「よかった。で、何してたの? コーヒーなら外のサテンに行かない? 俺、ゴチソーするよ?」
「えっ・・?」
まるで女のコを誘うような自然な言葉に、真矢は信じられない思いで佳尉を見た。
「あんなイラスト描いてるから、オタクかと思ってたけど、センパイって単にシャイなだけなんだ?」
顔を覗きこむように言われて、真矢の顔はりんごより真っ赤になったに違いない。佳尉は一瞬目を瞠った。
「うっわ・・・いまどき女のコでもそんな反応しないぜ。なんかヤマトナデシコっての? そんな感じだね、センパイ」
からかうように言われて、真矢は情けなくなった。
「センパイ、ガールフレンドいる? いないなら、テキトーなの紹介するけど?」
佳尉の言葉に真っ赤になっていた顔が一瞬にして青ざめた。
「い・・・いないけど・・・・いらない・・・・」
真矢の意外な反応に、佳尉は首を傾げた。
「あれ・・じゃあ、ダレかに片思いしてるんだ? 図星? 告白とかした?」
畳み掛けるように疑問符のついた言葉が降ってきたが、真矢はただ首を横に振るしかできなかった。