俺んちの料理長(シェフ)

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 その瞬間、一体全体俺の身に何が起こったのか、さっぱりわからなかった。いつものように、自転車で学校からの帰り道。ただ、地面と仲良くなっていることだけが確かだった。
「うわあぁぁぁぁん! 痛いよぉっ!」
 子どもの泣き声にハッとした俺は、目の前に転がっている小学生に気付いた。
『この子とぶつかったのか・・・』
 ヨロヨロと起きあがると、その子に声を掛けた。
「大丈夫か?」
「大丈夫なんかじゃないーっ! きっと骨が折れたんだぁ!」
 左の足首を押さえて泣き喚いている子どもの側にしゃがみこんで、怪我の具合を調べてやった。
「ただの捻挫だ。折れてないし血も出てない。安心しろ」
 俺の言葉に、涙でグチョグチョの顔をしていた子どもは、安心したのか、コクンと頷いた。
「いつまでもこんなとこに座り込んでたらダメだ。立てるか?」
 わきの下に手を差し入れて立たせようとしたが、左足を地面につけた途端、またヘナヘナと座り込んでしまった。
「痛いよ・・ダメ・・・立てないぃ・・・」
 見ると大きな目からは、また大粒の涙がボロボロ零れ落ちてきた。
「家はどこだ?」
「すぐそこ・・・」
 俺は倒れていた自分の自転車を起こすと、泣いている子どもを荷台に乗せた。
「連れて帰ってやるから案内しな」
「でも・・・買い物しなきゃ・・・・僕・・・兄ちゃんに怒られちゃうよぉ・・・」
「買い物? お使いか?」
「うん・・・母ちゃんが入院してるから、僕が買い物して、兄ちゃんが学校から帰ってから料理するんだ・・・今夜はカレーライスにするって・・・」
 話しながらボロボロ涙をこぼしていた子どもは、また激しく泣き出した。まるで俺がいじめたようで、外聞が悪いじゃないか・・・
「この先のスーパーで、カレーライスの材料を調達すればいいんだな?」
「うん・・・だって、兄ちゃんはカレーライスしかできないんだもん・・・父ちゃんは出張してるし・・・僕は酢豚が食べたいのに・・・」
「わかった。酢豚だな。パイナップルは入れた方が好きか?」
 俺の言葉にキョトンとした顔をした子どもは、涙が止まったのか素直に頷いた。
「俺が作ってやる。お前の名前は?」
「河本亜里(こうもとあり)」
「アリか・・・俺は吉木伊織(よしきいおり)だ」
「イオ兄ちゃんだね」
 そう言って、アリは初めて笑顔を見せた。

「あっ、兄さん? 俺、伊織だけど、今日の晩メシの用意ができそうにないんだ。真純さんと済ませてきてくれないか?」
『いいけど・・・何かあったのか?』
「うん・・ちょっとトラブル。子どもに怪我させちゃって・・・・・いや、単なる捻挫だから、大したことないんだ・・・うん、詳しくは帰ってから話すよ・・・父さんにも連絡済みだから・・・ん、わかってるって。じゃ、真純さんによろしく」
 亜里を送り届け湿布で手当てをしてから、スーパーに行って買い物をして、俺は兄貴の携帯に連絡を入れた。