恋人の条件

1

 私立K大学のカフェテリアは緑多い構内の一番東にあって、安価な割にクオリティが高いと、近所の主婦がこぞってお茶をしにくることでも有名だった。
 新緑の季節を迎え、外のテーブルではブラックスーツにパープルのシルクのシャツといった、ホストのようないでたちの美貌の青年が、ノートパソコンのキーボードに指を滑らせていた。
「秀悟。こんなトコにいたのか」
 声を掛けられて顔を上げた美貌の青年の名は安西秀悟(あんざいしゅうご)。このK大学工学部の4年生だった。
 彫刻のような硬質な白皙の美貌で、モデルにと声を掛けられること多数、そのどれをもことごとく断り続けてきた。
 声を掛けた青年もタイプが異なるハンサムガイで、同じく工学部4年の高倉一矢(たかくらいっし)。2人はあらゆる遊びを追求するサークル「遊々倶楽部」でも一緒だった。
「1年にイイのが入ってきたらしい」
 一矢の言葉に秀悟はわずかに眉を上げた。
「仲飛雄(なかひゆう)だろ。知ってる」
 秀悟がそう言うと、一矢は子どものように口唇を尖らせた。
「チェッ。やっぱり知ってたか」
「HUGH(ヒュー)はかなりの有名人だからな。まさかウチの1年とは思わなかったが」
「HUGH!? ヤツが? マジかよ・・・」
 一矢は天を仰いだ。
 無理もない。ハンドルネーム『HUGH』は凄腕のハッカーとしてその名を轟かせていたのだから。
「どうしてヤツがHUGHだってわかったんだよ?」
 一矢の疑問は当然のことだったが、秀悟はニッと笑って真相を教えてくれた。
「偶然なんだけど、昨日、俺の放ったトラップに見事に引っかかってくれたんだ。『チクショー、Jekyll(ジキル)のヤロー』って叫んでたから、彼がHUGHだとわかったんだよ。可哀想に彼のデータは少なくとも5分の1は吹っ飛んだだろうと推測されるよ」
 シレッと恐ろしいことを言ってのける秀悟は、ハンドルネーム『Jekyll』を名乗るハッカーだった。
「ご愁傷サマだな。それで、ヤツを引っ張り込む算段はできてるのか?」
「いや・・・当たって砕けろ、だ。コッチはヤツのデータをブッ壊したから印象は悪いだろうから・・」
 秀悟は殊勝にもそんな風に弱気だったが、近いうちにHUGHは仲間になってくれるだろうとの予感が一矢にはしていた。


「ここ、イイかな?」
 カフェテラスの外のテーブルに飛雄が一人でいたので、秀悟は「当たって砕けろ」作戦を決行することにした。
「アンタだれ?」
 キーボードを打つ手を止めて飛雄は秀悟を見上げた。上背があり引き締まった体格は日本人離れしていて、短髪で鋭い目つきの飛雄はSPかSWATと言われても頷いてしまいそうになるくらいの貫禄があって、とても18という年齢に見えなかった。
「工学部4年の安西秀悟だ。ちょっと君と話をしたいんだけど」
 飛雄は顎をしゃくって、向かい側の席を勧めた。先輩を先輩とも思っていないようなその態度に秀悟は苦笑を浮かべて、飛雄の向かい側に座った。
「で、話って?」
 再びモニターに視線を落として、機関銃のようなスピードでキーボードを打ちながら、飛雄は訊いた。
「会社を立ち上げようと思ってるんだ。一緒にやってくれないか?」
 単刀直入に秀悟が言うと、飛雄は驚いたらしく指を止めて顔を上げた。
「はぁ?」
 飛雄は思いがけないことを言われて、心底驚いていた。ポカンと口を開けた表情は年相応に子どもっぽく、見てくれとのギャップに秀悟は思わず笑みを浮かべた。
「コンピューター関係の会社と言えばわかるかな。ハッカーHUGH」
 HUGHと呼ばれて、飛雄は椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。全身から怒りのオーラが噴き出ているように感じたのは気のせいではないだろう。