2

「なんで・・・」
 昨日、トラップに引っかかって壊れたデータは22%。修復するのに2日かかった。
「申し訳なかったね。あんなに見事に引っかかってくれるとは思わなかったんだ」
「やっぱりお前が・・・Jekyllか・・」
 飛雄の問いに、秀悟は口唇の端を持ち上げるだけの笑みで答えた。
「わかった。いいよ。一緒にやってやる。その代わり条件が一つだけある」
 断られると思っていたのに快諾されて、秀悟は拍子抜けしてしまった。
「俺にできることならなんでも。でも法に抵触することはゴメンだよ」
「俺のモノになれ」
「・・・・は?」
 秀悟は耳を疑った。聞き違いでなければ、飛雄のものになれと言われた。
「えっと・・それは下僕にって意味かな?」
 もしもそうなら、ちょっとイヤだと思いながら、秀悟は尋ねた。
「違う。俺の恋人になれって言ったの」
「・・・」
 秀悟は言葉を失った。予想される範囲を大きく逸脱していたからだ。
「イヤなのかよ」
 飛雄は秀悟がいつまで経っても黙ったままなので、憮然となった。
「その・・・イイとかイヤとかそういう前に、君・・・ゲイなのかい?」
 秀悟の問いに飛雄はニヤリと笑った。
「ゲイ・・・いいね。その言い方。今まではホモとかオカマって言われ続けてきたからな」
「恋人はいないのか?」
「いたらアンタにこんなこと言ったりしねぇよ」
 飛雄の言うことはもっともだったが、秀悟はまさかこういう展開になるとは思ってもみなかったので、困惑を隠せなかった。
「ギブアンドテイクってんだろ。俺はアンタの会社に入る。アンタは俺の恋人になる。何か問題ある?」
「いや・・・ないな・・・」
 秀悟にも今のところ恋人と呼べる存在はいない。HUGHが手に入るなら、恋人になるのもやぶさかではないと思い始めていた。
「ならいいじゃねぇか。俺アンタみたいなキレイな年上の男をアンアン泣かせてみたかったんだ」
 ニヤリと笑った飛雄の瞳の中に欲望の色が見て取れたが、秀悟は毒を食らわば皿までとばかりに、飛雄の恋人になることを承諾した。
「ただし、誰にも内緒にしてくれるか?」
 秀悟の頼みはすんなりOKされた。
「ところで、アンタ一人暮らし?」
 唐突に訊かれて、秀悟は頷いた。
「なら、講義終わったらアンタんちに行くから。場所教えて」
「いや、待ってるよ。終わったらメールくれるかな」
 お互いに携帯の番号とメールアドレスを交換すると、飛雄は午後からの講義に出るために行ってしまった。

「・・・これがアンタの車?」
 駐車場に無造作に停められたブリリアントシルバーのメルセデスベンツSL 55 AMGを前に、飛雄は目をまん丸に見開いた。
「ん? お気に召さなかった? じゃあ、明日は別のに乗ってくるよ。ジープかNSXかどちらがいい?」
 秀悟の言葉に飛雄はポカンと口を開けた。
「アンタ、お坊ちゃまな訳?」
「うーん。それはどうだろう。住まいはともかく車は俺の稼ぎで買ったものだから・・」
「株か?」
「それもあるけど、企業秘密」
 口唇に人差し指を当てて、秀悟は意味深な笑みを浮かべた。
「アンタの会社に入れば俺もこんなのが買えるくらい稼げるって訳だ?」
 ニヤリと笑って飛雄が言えば、秀悟は首を傾げた。
「それは君の働き次第だ。それから、恋人になったんだからアンタなんて呼ばないで欲しいな。飛雄」
 名前を呼び捨てにされて照れたのか、飛雄は年相応に頬を朱に染めた。