からかわないで

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「でえぇっっっ!? うっそだろーっ! 冗談だろーっ! それって本当にマジっ!?」

 新入生対象のクラブオリエンテーション&勧誘会の会場である体育館にこだましたのは、1年A組高井綾(たかいりょう)の悲鳴だった。
 体育館では各クラブが与えられたスペース(ただ机を二つ並べただけ)で、新入部員を獲得しようとデッドヒートを繰り広げていた。
 雄叫びを上げた彼、高井綾が何を嘆いているのか・・・それは、ここ私立松南(まつなみ)高校に陸上部がないということだった。
「う・・・失敗だぁ・・・そうと知っていたら受験しなかったのにぃ・・・」
 今更、何をかいわんやである。
 ジダンダを踏んで悔しがってる綾は、パッと見は玩具を買ってもらえずにダダをこねている小学生だ。
 実は高校1年にして、160センチに数センチ足りない身長が、綾にとっての最大のコンプレックスだった。
「騒ぐなよ、アヤ。みんなが注目してるだろうが。ホンット恥ずかしいヤツ」
 綾の中学の頃からの親友の一人、加藤一朗(かとういちろう)が背後から羽交い締めにしながら言った。一朗は綾と同い年にして、既に178センチの長身を誇っていた。今でも成長を続けている一朗の存在が、綾のコンプレックスを増大させていることは明白なのだが、何故か離れることはなくベッタリとした付き合いは続いていた。
「アヤなんて呼ぶなっ! 俺はリョウだっ!」
 動きを封じられて、ギャンギャン喚いている綾を、ニコニコしながら眺めているのは、もう一人の親友の杉本和七(すぎもとかずな)だ。
 和七は物静かな性格で、どちらかというとやんちゃの部類に入る綾と一朗とは合わないかと思われがちだが、かれこれ3年間同じ陸上部でベッタリつきあっていた。
「でも、アヤってそういうイメージなんだからしょうがないじゃん。いい加減諦めなよ」
「何だよ!? そういうイメージってのは!?」
 一朗に拘束されたまま和七を睨みあげた綾は『余計なことを言ったらタダじゃおかないぞ』という表情をしていた。
 そう、綾のもうひとつのコンプレックスは、この名前であった。
 本当は『稜』と名付けられる予定だったのが、父親がノギヘンとイトヘンを間違えて間違えて出生届を出してしまったために、一見しただけでは女のコのような名前になってしまったのだった。
 幼児の頃は大きなお目々にプクプクほっぺで、何度女のコに間違えられたことか。
 さすがに高校生になった今では、背は低いながらもそれなりに逞しく育って、大きな目も鋭い眼光でコーティングされているので、外見では女のコに間違えられることはなくなったが、悪友達はおもしろがって『アヤ』と呼び続けていた。

「何か気になることがあったのかな?」
 ギャイギャイ騒いでいる綾達に、背後から声がかかった。
「えっ?」
 一朗に抱きかかえられたまま、綾は振り返った。
「僕は生徒会の者だけど、何か疑問や質問があれば聞くよ」
 長身の一朗よりも更に5センチは長身の美丈夫がそこにいて、綾はその端正な微笑みに見とれてしまった。
「その前に、君、恋人を抱き締めるのをやめてくれないか。独り者には目の毒なんだ」
 サラッとだが物凄いことを言われた一朗は、慌てて綾を羽交い締めにしていた腕を解いた。
「ち、違いますっ! 俺達そんなんじゃありませんっ!」
 耳まで真赤にして綾が否定すると、一朗もウンウンと頷いた。
「俺は清楚な美人が好みなんだ。アヤは可愛いと思うけど、恋人にしたいとは思わないなぁ。すっげぇ跳ねっかえりだからな」
「アヤって呼ぶなっ!」
 一朗の後頭部にゲンコツを食らわせて、綾は怒鳴った。