「本当に仲がいいね」
苦笑する美丈夫に肝心なことを訊いたのは、和七だった。
「あの・・・ウチには陸上部ってないんですか?」
妙な流れになりかけるといつも、マイペースな和七が引き戻すというパターンが、3年の間にできあがっていたのだ。
「そうだ! ソレだよ。ウチに陸上部がないってマジ!? 先輩」
綾が噛みつくような勢いで訊くと、一朗は先ほどのお返しとばかりに、後頭部を張り飛ばした。
「上級生の、しかも生徒会の人にタメ口をきくんじゃねぇっ! アヤ」
「あ・・・・」
一朗に窘められて、綾はシュンとなった。人見知りがないのが綾の長所の一つだったが、高校生になったのだから分別というのもわきまえなさいと、今朝も母親に注意されたばかりだったのだ。
「すいません。ごめんなさい、先輩」
「気にしなくてもいいよ」
うなだれた綾の頭を撫でながら、美丈夫はニコニコ笑っていた。
『さぞかしモテるんだろうな・・・・』
一朗と和七は端正な横顔を眺めながら、同じことを思っていた。
「僕は生徒会の副会長をやってる2Cの森湊(もりみなと)です。陸上部のことだったね。相談に乗ってあげるから3人とも生徒会のブースにおいで」
その言葉を聞いて、落ち込んでいた綾の顔に笑顔が戻った。
「んー・・・陸上部は5年前に廃部になってるようだね」
湊に連れて行かれた生徒会のブースには、松南のエリート達が顔を揃えていて、綾達は萎縮していた。そこに絶望的な事実を突きつけられて、綾は口唇を噛み締めた。
「そっか・・・なら仕方ないじゃん。陸上は諦めて何か別のクラブに入ろうか。アヤ」
和七も一緒に陸上をやってきたのに、切り替えは早かった。
「一朗も諦めるのか?」
「アヤ・・・」
綾は本気で悔しがっていた。
確かに、記録を残しているようなアスリートではなかったが、高校に入れば中学とは比べ物にならないくらい充実した練習ができて、もしかしたら記録の一つも叩き出せるようになるかもしれないと、楽しみにしていたのに・・・
知らず知らずのうちに、綾の目に涙が浮かんできたのに気付いた湊は、突然のことに慌てた。
「ご・・・5人集まれば同好会を作れるからっ・・・」
思わず口を突いて出たセリフに、思わず3人は顔を見合わせた。
「それ、ホント!? 先輩っ!」
零れ落ちる寸前だった涙をブレザーの袖口で拭うと、綾は湊の手を握り締めた。
「ウソなんかじゃないよ。ただ正式のクラブじゃないから、部費は微々たるものだけどね。それでも良かったら申請書を渡しておくから、有志が5人以上集まったら生徒会室にもっておいで」
申請書を差し出すと、綾の顔がみるみるうちに笑顔に変わって、湊はまるで自分のことのようにうれしく思っているのに気付いた。
「先輩は命の恩人だよー! ありがとう、大好き」
「どういたしまして」
「良かったな。アヤ」
一朗に頭をボンポンと叩かれると、ニコニコしていた綾の眼光が鋭く光った。
「アヤって呼ぶなって言っただだろうがっ!」
このまま放っておけば間違いなく生徒会の面々の前で取っ組み合いのケンカをおっ始めそうな二人の間に、和七は素早く割って入った。
「アヤ、一朗! 先輩の前だよ」
和七の言葉に我に帰った綾は、目を丸くして見つめている生徒会の面々に気付いて、真赤になった。