恋人の距離

1

「・・・・えーっと・・・?」
 目覚めた坂巻弓弦(さかまきゆづる)は、自分が今どこにいるのかわからなかった。
 ゆうべは金曜日ということもあって、友達に誘われて久しぶりに飲みに行った。そこでバッタリ去年卒業した先輩達のグループに会って、合流して盛り上がったところまでは覚えている。
 どうも、ここはそのうちの誰かの部屋なのだろう。オトコの一人暮らしという感じで、テキトーに散らかっていた。
「あいたた・・・」
 男ばかりだったので、少し羽目を外して飲み過ぎたようで、完璧二日酔いの症状が出ていた。
「――――――っ!?」
 起き上がろうと身じろぎして、隣に誰かが寝ているのに気づいて、弓弦は思わず叫び声を上げそうになった。
(な・・・な・・なんで裸??)
 弓弦自身一糸まとわぬ裸で、背中を向けて眠っているのは紛れもなくオトコで、腰から下は布団で隠れているけれど、上半身は裸だった。
 このシチュエーション・・・・
しかもあちこち筋肉痛があって、腰の奥深くには鈍痛があるということは・・・
 ゆうべ一体ナニがあったのか、想像するだに恐ろしかった。
(逃げなきゃ・・・・)
 相手を起こさないようにそっとベッドから出ようとしたら、うーんとうなって寝返りをうってきた。
(高倉先輩!?)
 一夜を共にしたであろう相手は、中学の時からずっと憧れていた高倉一矢(たかくらいっし)その人だった。

 弓弦より3つ年上の彼は、ハイジャンプでかつての高校レコードを持つアスリートで将来を期待されていたが、不幸な事故で競技を続けることができなくなって、引退していた。
 大学に入学して、キャンパスでその姿を目にした時には、その偶然に感謝したくらいだ。
 彼が「遊々倶楽部」なる、あらゆる遊びを追求するサークルに所属していると知ると、生真面目が取り柄でその手のことは苦手だったのに、思わず入会してしまうほど、彼に心酔していた。
『へぇ、坂巻って弓弦って名前なんだ? まるで俺と対になってるみたいだな』
 新歓コンパで、一矢は二人の名の共通点に気づくと、それからは何かと目にかけて可愛がってくれた。
 弓弦は自分も陸上をやっていたこと、一矢にずっと憧れていたことを告白したが、先輩後輩という関係でずっと上手くやってきたはずだった。
(なんでこんなことに・・・)
 この身体の違和感は、一矢とセックスしただろうことを、しかも女のコのように抱かれたことを如実に証明していた。
 ずっと憧れていたけど、決して恋愛感情で好きだった訳じゃない。でも、弓弦は一矢に抱かれたことを嬉しいと思ってしまった。
(もしかして、俺はそういう風に先輩のことが好きなのか?)
 弓弦は今フリーだったが、かつては女のコとつきあったこともある。一矢にも彼女がいたはずだ。まだ大学を卒業して1年半ほどしか経ってないから、結婚なんて話になっていないかもしれないけど、お似合いの二人だった。
(どうしよう・・)
 自分の気持ちに気づいてしまえば、なおさら一矢に申し訳なくて、合わせる顔がなくて、弓弦は逃げるように部屋を出て行った。