教えてセンセー!

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「あー、かったりぃ・・・ 始業式なんか、どーでもイイっての・・」
 県立桜園高校の3年になったばかりの相馬建機(そうまたてき)は、上履きのかかとを踏んづけたまま、体育館への渡り廊下を、春休みボケでハッキリしない頭を振りながら、ダラダラと歩いていた。
 今時の男子高校生のプロトタイプのように、制服を”ちゃんと”着崩していて、髪も一歩間違えると”乱れているようにしか見えない”ように整えている建機は、その長身もあってそれなりにモテるようだが、今年に入ってからはフリーだった。
「今年の新任には新卒が一人いるってよ。美人かもしれないぜ」
 1年の時からツルんでいる伊田範義(いだのりよし)が何を期待しているのか、ニヤニヤしている。
「その新卒が美人だとしても、俺らみたいなガキを相手にしてくれねぇっての」
 3年になったとはいえ、受験生だという自覚もまだ芽生えていない建機は、ヤル気も湧かないまま体育館に入っていった。


「なんだ、男じゃん・・しかも、ダサっ」
 壇上に立つくだんの新卒の教師は、ドコからどう見ても男だった。古臭いフレームのメガネをかけている上に、量販店で買ったとおぼしき、身体にフィットしていないスーツに身を包んで、居心地悪そうにモジモジしていた。
「でもメガネはずせば美人かもよ」
 建機がからかうと、範義はあからさまにイヤそうな顔になった。
「アニメじゃねーんだから、そんなお約束はないだろ。それに俺はチンポがついてるのは金を積まれてもゴメンだね」
 範義の直接的なセリフに、そばにいた女のコ達が「ヤダぁ」と声を上げて、軽蔑するように睨んできた。
「自分にだってついてるじゃん」
「おーよ。立派なのがついてるからこそ、恋人には豊満なオッパイを求めるんだろ」
 範義は自分の胸の前で、架空の豊満なオッパイを手で形作ってみせた。
「ガイジンじゃあるまいし、そんなデカイのは整形した紛いモンだって」
「ソコの二人、うるさいぞ」
 担任に注意されて、二人は肩をすくめた。


 橘由良(たちばなゆら)と紹介された新卒の教師は化学担当で、建機達3年1組の副担任ということだった。
「うれしくもなんともねぇな・・・」
 範義がボソッと呟く。建機は曖昧に頷いたが、橘とはどこかで逢ったことがあるような気がしていた。


「たっくん・・・」
 帰りのSHRが終わって教室を出ようとしていたところ、子どもの頃に呼ばれていた愛称で呼びかけられて、建機が驚いて振り返ると橘が微笑んでいた。
「たっくんだよね。覚えてないかな・・・僕はたっくんちの隣に住んでたんだけど」
「はぁ?」
 確かにどこかで逢ったことがあるような気がしていたけれど、そんなことだとは想定外だった。
「そっか・・・無理もないよね。僕が引っ越していった時、たっくんはまだ5歳だったから・・」
 建機のキツネにつままれたような表情に淋しそうに微笑うと、橘は職員室に戻っていった。
「知り合いだったのか?」
 範義も訊きながら同じくキツネにつままれたような顔をしている。
「全然記憶にねーけど、向こうがそう言うんだから、そうなんじゃねぇ?」
 建機はなんだか消化不良で胸の奥がムカムカするような気がした。