恋人の選択

1

 牧村望(まきむらのぞむ)は悩んでいた。
物心ついた頃から好きになるのは男ばかりで、女のコは可愛いとは思うけど、どうしても恋愛感情が抱けなかったからだ。
 大学に入学して、「遊々倶楽部」なる、あらゆる遊びを追求するサークルに入ったが、そうそう同類がいるはずもなく、請われるままに何人かの女のコと付き合ってはみたものの、当然長続きしなかった。
 健康な若い男なのだから刺激を受ければ勃つし、女のコを抱けはしたけれど、心は満足できないでいた。
「だからって、すぐにカレシなんて見つからないしな・・・」
 先日ハタチになったことだし、話に聞く『2丁目』に行ってみれば相手は見つかるだろうかと思い始めた。
「でも、身体だけが目当てなヤツばかりかもしれない。いや、案ずるより産むが易しって言うし・・って、俺は女じゃないから出産はできないけど・・・」
などと、一人ボケツッコミを繰り返すのが、ここ数日の望の憂鬱の種だった。


「君一人? いくつ? よかったら一緒に飲まない?」
 意を決して『2丁目』辺りまで来てみると、それなりに整った容姿をしている望は、すぐにそう声をかけられた。
「い・・いえ・・あの、俺・・人を待ってるから・・」
 脂ぎった丸顔の中年男には興味の欠片も抱けなかったので、望はそうウソをついて誘いを断った。
 来てはみたものの、どの店に入ろうか迷っていると、いきなり後ろから肩を掴まれて、望は飛び上がるほど驚いた。
「未成年がこんな時間までうろうろしてたらダメじゃないか!」
 頭ごなしに怒鳴られて、短気な望はプチッとキレた。
「未成年じゃねぇよ! ドコに目玉つけてんだ。このうすらトンマ! ちょっと男前だからって、そんな見え透いたナンパに引っかかってたまるか。離せよ、バカ!」
 金色に髪をブリーチしてはいるものの、黙っていれば見てくれはカワイイ望の啖呵に、肩を掴んだ男は唖然としていた。
「い・・いや・・ナンパじゃなかったんだが・・ハタチ過ぎてるとは思えなかったから・・すまないことをした」
 根が素直な望は謝られるとあっさりと許した。よく見ると男は望よりも遥かに長身で体格もよく、こんな出会いでなかったら一瞬で恋に堕ちていたかもしれないほどハンサムだった。
「ま、イイけどさ。アンタ、ちょっとアブナイ雰囲気がそそるかも・・」
 ニッと笑った望にそう言われて、男は切れ長の目を見開いた。
「ここは、そういう趣味の男が集まる場所だとは聞いてたが、お前もそうなのか?」
 男の言葉に望の顔色が変わった。
「・・だったら、どうだってのさ?」
 望の口調から怒りを感じ取って、男は自分の失言に気づいたようだ。
「いや・・・あの・・すまん・・・」
 言い訳もできずに大きな身体を縮こまらせてもごもごと謝罪したが、今度は望の怒りは治まらなかった。
「俺がゲイだからって、アンタに何か迷惑かけたかよ? 心配しなくても俺にだって好みってモンがあるんだ。たとえこの世でアンタと二人きりになったとしても、絶対にアンタとだけは寝ないから安心しろよ」
 望はそう怒鳴ると、男に背を向けて駆け出した。
「あっ・・待て!」
 男が引き止めようと声を上げたが、望には聞こえていなかった。


「畜生、畜生、畜生っ!」
 見知らぬ男にバカにされて、望は悔しくて涙が溢れて止まらなかった。
「ちょっとでもイイ男だなんて思った俺がバカだった」
 そのことがトラウマになった望は、その後二度と『2丁目』近辺には足を踏み入れなかった。