[新入寮生は本日の夕食後、5階和室に集合すること 桜寮長 櫻田臣(さくらだおみ)]
見渡す限り山々・・・な全寮制の男子校、私立青雲学園高校の入学式を3日後に控えて、新入生全員が入寮を完了した今日、1階の食堂横の掲示板にそんな張り紙がされた。
「何があるんだろうね?」
同室になった吉行翼(よしゆきつばさ)が訊いてくるけど、俺にだってわからない。
「行ってみなきゃわかんないよ」
俺の素っ気ない返事に、翼は頬を膨らませた。
「忍って無愛想・・・」
翼がボソッとつぶやく。
「無愛想で結構。男はやたら愛想を振り撒いたりするもんじゃない」
俺の言葉に翼は驚いたように目を瞠って、次の瞬間吹き出した。
「忍ったら、ソレ本気で言ってるの〜?」
翼が目尻に涙まで浮かべて大笑いするので、同じように掲示板を眺めていた奴らからジロジロ見られてしまって、俺はちょっとムカついた。
俺の名前は松木忍(まつきしのぶ)。父親が転勤族な所為で、高校からはそう転校ばかりできないと、ここ全寮制の男子校、私立青雲学園高校に放り込まれた。俺にはまだ幼稚園に入ったばかりの双子の弟と妹がいる。
同室の吉行翼とは、ここに入寮して来た3日前に知り合ったんだけど、ずっと昔からの幼馴染のように、すっかり意気投合している。
翼は一人っ子だけど、近所の大好きなお兄さんを追いかけて、ここに入学したらしい。
「忍さあ、鏡見たことある?」
「はあ〜?」
あるに決まってるじゃねえか。
俺の、語尾が思いっきり上がった返事に、翼は眉を顰めた。
「ちょっと忍ったら、がさつ過ぎだよ。自分で言うのもなんだけど、僕とおなじくらい美少年なんだから、もう少し可愛くしなきゃ」
ナルシストらしい翼の、理解不能なセリフに、俺は言葉を失った。
確かに翼は紅顔の美少年って人種なんだと思う。思わずつついてみたくなるようなほっぺをしてるし、口唇には何も塗っていないはずなのにつやつやぷりぷりだし。
俺は翼が言うようにがさつだけど、俺らの年頃って、これくらい普通だろうと思う。自分のことを美少年だなんて思ったことないし、言われたこともない。
「自覚ないの? それとも、そういうポーズ・・・なんて芸の細かいことできないよね。忍は・・・ま、いっか」
翼はまた理解不能なセリフを口走ると、俺の腕にしがみついてきた。
「おぉっ!」
辺りにどよめきが沸きあがり、見回すとみんな顔を赤くしてこっちを見ていた。
「なっ・・何?」
うろたえる俺に、翼は平然としている。そのまま俺の腕にぶら下がったままニッコリ笑って見せた。
「うおぉぅっ!」
どよめきが大きくなったと思ったら、ゴインという衝撃音とともに、翼が頭を抱えて蹲った。
「何バカなことやってんだ!」
いつの間に来ていたのか、たしか生徒会長だという人が憤怒の形相で翼を睨み付けていた。
「修ちゃん。ヒドイ〜」
俺を含め、みんな呆気に取られる中、生徒会長は蹲る翼の腕を乱暴に掴んで立ち上がらせた。
「一体どういうつもりで煽るような真似をするんだ。俺の忍耐力を試してるつもりか?」
「修ちゃん・・?」
翼は訳がわからないという表情をしている。翼に訳がわからないなら、俺らギャラリーにも当然チンプンカンプンで・・・
翼に修ちゃんと呼ばれた生徒会長は、俺らの狐につままれたような顔を見て、ちょっと赤面したと思ったら、ゴホンと咳払いをして、翼の頭に手を載せた。
「危険だから、むやみやたら笑顔を振り撒くんじゃない」
そう一言言い残して寮長室に入って行った。