「翼・・・大丈夫か? スゴイ音がしてたけど・・」
 殴られたとこが痛むのか、頭に手を当てたまま涙目になっている翼に声をかけると、嬉しそうにふわっと微笑んだ。
「ねぇ、忍・・僕今泣きたくなるくらい嬉しいかも・・・」
 打ち所が悪くて、ドコかイカレちゃったのかと、怪訝そうな顔になった俺に、翼は「違う違う」と手をヒラヒラさせた。
「詳しくは部屋に戻ってから話すから」
 翼に引き摺られるようにして、俺は部屋に戻るハメになった。

「もうわかったと思うけど、さっき殴った上級生が僕が追っかけてきた大好きな近所のお兄さんの内藤修司(ないとうしゅうじ)なんだ。一つ年上だけど、そう見えないと思わない?」
 俺は納得して頷いた。
 青雲学園では、3年になると受験を控えて学業に専念するために、部活や生徒会、寮の自治会から完全引退する。スポーツ特待生はこの限りじゃないけど。
 だから、僕達1年生と2年生がいる桜寮とは別に、3年生は完全個室の青雲寮に入るらしい。
 桜寮にいて生徒会長ってことは「修ちゃん」は、当然2年生なんだけど、見上げるような長身に、少し長めのスポーツ刈り、人を威嚇するような目つきは、街中で会ったら避けて通りたい「ヤ」のつく自由業のお兄さんにしか見えないと思った。
「僕一人っ子だから、物心つく前からずっと修ちゃんにくっついてたんだ」
 甘えっこの翼だから、きっとカルガモのヒナのようにちょこまかついて回ってただろうことが簡単に想像できて、思わず笑った俺に、翼はぷっと頬を膨らませたがそのまま話を続けた。
「でも、修ちゃんが中学に入った頃から何だか避けられてるような気がしてたんだけど、まさか高校を全寮制のココにするなんて知らなくてさ・・」
 その時のことを思い出したのか、淋しそうに笑って翼は言った。
「入試に合格してからやっと教えてもらった時にはショックで泣き喚いたけど、決まったことはどうしようもなかったから、追いかけることにしたんだ」
 そして希望を叶えたってことは、翼って甘えっこの割に芯が強いというか、見てくれは可愛いけどやっぱ男なんだなと、俺は感心した。
「ねぇ、僕のこと気持ち悪いって思う?」
 急に真剣な顔になった翼が訊いてきたけど、何のことを言ってるのかわからなくて、俺は首を傾げた。
「あのさ・・・僕、修ちゃんのことが好きなんだよ。その・・・恋人にして欲しいって意味で・・・」
 そう言う意味だったのか・・
 そういうのってテレビや雑誌の中だけのことだと思っていたので、全然実感がわかなくて俺が首を振ると、死刑を宣告されたような顔をしていた翼がぱっと花がほころぶように微笑った。
「ホントに? これからもずっと友達でいてくれる?」
 頷いた俺に、翼は感激したように飛びついてきたので、バランスを崩した俺は、翼に押し倒される格好でベッドに倒れこんでしまった。
「嬉しい・・・忍・・・ありがと・・」
 翼は感激したのか俺をぎゅっと抱き締めてきた。
「俺、まだ恋愛したことないから、そういうのよくわかんないけどさ、好きなら好きでいいんじゃねぇ?」
 俺の言葉に翼はこらえ切れなかったのか、ポロッと涙をこぼした。泣き笑いの顔も可愛いなと思った。
「修ちゃんにフラレたら忍がお嫁に貰ってくれる?」
 冗談なのがわかっているので、俺は「いいよ」と頷いた。
「忍ったらもぉ、優しいんだから・・修ちゃんの次に好き・・」
 甘えてるんだなと、俺も翼を抱き締めた時に、ドアがノックされて入って来たのは、寮長の櫻田さんだった。
「・・・・失敬・・・」
 ベッドで抱き合う俺達を見て、櫻田さんは一瞬目を瞠った後、踵を返して部屋を出て行った。
「もしかしたら勘違いされたよね?」
「もしかしなくても勘違いされてるってば・・・まぁ俺は勘違いされて困る相手がいないからいいけどな・・」
 俺の言葉に翼は飛び起きた。
「修ちゃんの耳に入ったらどうしよう・・・」
 本気でオロオロしだした翼が可愛くて、今度は俺からギュッと抱き締めてやった。

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