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「いたいよ。いたいよぅ」
 空き地で自転車に乗る練習をしていたらしい、幼稚園ぐらいの子どもが転んで、ひざ小僧から血を流してわんわん泣いている。
【誰だ? あの子どもは・・・】
「しんちゃん。いたいよぉ・・・・」
【あぁ・・・徹じゃないか・・・】
「だいじょうぶだよ、とおるちゃん。ぼくがてあてしてあげるから」
 同い年くらいの子どもが駆け寄ってきて、泣きべそをかいている子どもに手を差し伸べた。
【あれは・・・俺・・・?】
「うん。ありがとう。しんちゃんって、おいしゃさんみたいだね」
 泥と涙でグチョグチョの顔をグイッと擦りあげると、転んでベソをかいていた『とおるちゃん』は、ニコッと笑った。
【今鳴いたカラスがもう笑った・・・】
「ねぇ・・しんちゃん。おおきくなったらおいしゃさんになって、ぼくのぜんそくなおしてくれるって、ほんと?」
「うんっ! ぜったいにぼくがなおしてあげるからね」
「じゃあ、やくそく。ゆびきりゲンマンしよう」
「でも、とおるちゃんはおおきくなったらなにになるの?」
「うーんとね・・・ぼくは・・・・・・・・・」



 目覚ましのベルを止めて、佐々木慎司は起きあがった。ベッド脇においてあったメタルフレームの眼鏡をかけて、ブルーと白のストライプのパジャマを脱いで、制服に着替える。
 彼は、私立青陵学園高校の1年生。成績トップで、入学式には新入生総代で挨拶した秀才である。
「なんで、あんな昔の夢・・・・?」
 慎司はサラサラと額にかかる前髪をかきあげながら、今朝方見た夢を思い出していた。
「徹・・・・」
 きっと徹は忘れてしまっているに違いない。
 10年も前の約束・・・・
『あの時、徹は一体何になるって言ったっけ・・・・?』


「おはようございます。おばさん」
「おはよう、慎ちゃん。いつも待たせちゃってごめんなさいね」
 隣家の主婦は、すまなそうにそう言って笑った。
「徹ーっ! 早くなさいっ! 本当にお前ときたら、毎日毎日凝りもせず、全くもうっ!」
『この怒鳴り声も、日課になってもう10年になるのか・・・』
「よぅー。お待たせ」
 10分ほど待ってようやく、この家の一人息子、木村徹がお出ましになった。
「おはよう、徹。髪の毛がハネてるぞ」
「いいよ。そんなのどうでも。さぁ、行こうぜ」
 ちゃんとしていればそれなりにハンサムなのだが、徹は自分の身なりに無頓着だった。
 ちょっとつり気味のアーモンドアイズは、クリクリ動いて表情豊かだし、なによりもいつも満開の笑顔は、見る人を幸せな気分にさせた。
 小さい頃は、小児喘息を患っていてひ弱なイメージだったが、小学校に上がってスイミングに通うようになってからすっかり全快し、今では慎司より5センチも背が高く、逞しくなってしまった。
「ハンサムが台無しだぜ」
 慎司はからかうようにウィンクした。
「慎司の方がハンサムじゃん。何言ってんだか・・俺知ってんだぜ。昨日ラブレターもらったんだって?」
 徹は口を尖らせて拗ねている