1

「あのさ・・・聖夜・・僕、好きな人ができたんだ・・・」
 そろそろ寝ようとリビングのテレビを消して、二人で二階の自分達の部屋に上がってきて、おやすみと声をかけて返ってきたいきなりの告白に、芝浦聖夜(しばうらせいや)は目を丸くした。自分の部屋のドアを開けようとしていたが、ノブに手をかけたまま固まってしまった。
「それって、英会話学校のコ?」
 子どもの頃から大人しくて、兄なのになんだか頼りない冬夜(とうや)に好きな人ができたと言われて、聖夜は驚いたというより、困惑した。
「違うんだ・・・まだ片思いだから。ただ聖夜にだけは知っていてほしかったんだ。寝る前に変なこと言ってゴメン」
 双子なのに、地黒の聖夜と違って色白な冬夜が、ほんのりと頬を染めて、そう言った。
「いや、別にイイけど。巧くいったら俺にも紹介してくれよな」
 聖夜はそう答えた。
「・・・うん・・でも・・多分ダメなんだ。だから・・いざとなったら慰めてもらおうかなと思ってさ・・」
 冬夜が淋しげに微笑む。聖夜は眉を寄せた。
「なんで最初からダメだなんて決めつけてるんだよ。そんなの全然冬夜らしくないじゃん」
 大人しいが芯のしっかりしている冬夜は、中学生の頃から自分の進路をしっかりと考えていた。英語が好きで同時通訳や翻訳家といったような、英語に関わる仕事がしたいと、高校に入学と同時に英会話学校にも通っていた。
 聖夜の言うことはもっともだけど、冬夜は最初から恋の成就を諦めていた。
「だって・・・僕の好きな人って・・女じゃないんだもん・・」
「・・はぁ〜?」
 聖夜はまじまじと冬夜の顔を見つめてしまった。
「え・・と・・・・ それってさ、相手が男ってことは、冬夜はその・・・ホモだってこと?」
 混乱した頭で聖夜が言うと、冬夜は視線を足元に落として頷いた。
「でも・・・あの人以外の男とは考えられない。それでもホモだって言うなら、きっとそうなんだ」
「ゴメン・・冬夜をバカにするとか、そういう気じゃないんだ。ただ、俺・・」
 謝る聖夜に冬夜は自分の部屋のドアを開けて、聖夜を招き入れた。
「話すと長くなるから、僕の部屋で聞いてくれる?」
 聖夜はこのままじゃ眠れないと、冬夜の話を聞くことにした。



「うわっ!」
 春休みに入ったばかりの3月の終わり。英会話学校からの帰り道でいきなり足元に水をかけられて、冬夜は声をあげた。
「Oh! ゴメなさーい。スイませーん」
 ヘンなイントネーションで謝られて冬夜が顔を上げると、金髪の、見るからに外国人がバケツをぶら下げて立っていた。
「植木にミずやろーとして手元狂った。ゴメなさーい」
 ブラウンの瞳のその青年は、去年のクリスマスに16になったばかりの冬夜よりは確実に5つは年上に見えた。
「いえ・・僕もボーっと歩いてたから・・」
「時間あるならズボン乾かす。ワタシ、この店のヒトでーす」
 よく見ると、こじんまりとした喫茶店の前だった。
「My grandfather、この店のOwnerね。ズボン乾かしてる間、Coffeeごちそうさせテくださーイ」
 青年に誘われるまま、冬夜は店に入った。

「トーヤ。いい名前でーす。日本人の名前には意味がアル言いマスね。トーヤはどういう意味デスか?」
 冬夜はズボンを乾かす間、ロイドと名乗った青年のズボンを借りて、コーヒーをごちそうになっていた。
「It's meaning the night of winter.Because I was born to the night of Christmas Eve.(僕はクリスマスイブの夜に生まれたので、冬の夜という意味です)」
 冬夜が片言の英語で答えると、ロイドは目をキラキラ輝かせた。
「英語話せるんデスね?」
 冬夜はコクンと頷いた。
「A little.I am learning English. (少しだけ。僕は英語を習ってるんです」
「そーでしたか。よカッたらこれからお互いのヒマな時、話し相手になりまショーか?」
 ネイティブと会話ができるなんて願ってもないことで、冬夜は頷いた。