トゥインクル・リトル・ツインスター

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「君が二年に編入してきた、星野彼方(ほしのかなた)君だね?」


 4月の陽射しもうららかな放課後。
 10日前に編入してきたばかりの、私立松波学園高校の生徒会室に呼び出された星野彼方は、誰もいないその部屋で、生徒会長の安達滋(あだちしげる)と名乗る3年生と対峙していた。
「はい、そうですが・・・・どんなご用件でしょうか?」
 高校2年の男子にしては、少々こぢんまりとまとまってしまった身体を、ますます縮こまらせて、居心地悪そうに彼方は答えた。
 なぜなら、相手はたった一つしか違わないのに、163センチの彼方より20センチも背が高く、まだまだ子供っぽい顔立ちの彼方より確実に五つは年上に見えるくらい大人っぽく、しかも10人中15人(?)はハンサムと言うだろう整った顔立ちをしているのだから。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。何も取って喰おうって訳じゃ・・・いや、喰おうとしてるんだっけ・・・」
「あの・・・・?」
 クールだという噂のその生徒会長は、長めの前髪をこれまた長めの指ですくうようにかき上げながら、怯える子羊をどう料理しようかとほくそえんだ。
 生徒会長に呼び出しを受けたと聞いたとき、後ろの席の前田から、生徒会長がどういう性癖の持ち主で、どういう扱いを受けるかということを聞かされてはいたが、お子サマな彼方には、理解できないでいたのだった。
(そう言えば前田君も喰うって言ってたっけ・・)
「あのっ! 僕なんか食べてもおいしくなんかないです! きっと・・・」
 現代日本に人食い人種がいるとは思わなかったが、目の前の安達の笑みがあまりにも酷薄だったので、思わず彼方は叫んでいた。


『近いうちに来るだろうとは思ってたけど、こんなに早いとはな・・・』
『前田君・・・?』
 生徒会長に呼び出されるような悪いことをした覚えもないのに、と困惑していた彼方は、後ろの席の前田に肩を叩かれたのだった。
『俺、中学からココだから知ってんだけど、安達会長はバイなんだよ。かわいいコと見れば男だろうが女だろうが喰ってみないと気が済まないらしいんだ』
『ばい? 喰うって・・・?』
 前田の言うことの半分も理解できずオウム返しに繰り返す彼方に、前田は憐憫の表情を浮かべた。
『交通事故にでもあったと思って諦めるんだな。あの人は飽きっぽいから、長くて一ヶ月もすりゃ解放してくれるさ。今までもそうだったから』
『??????』


「そうかな? 僕としてはぜひ味見をさせてもらいたいと思っているんだよ」
 微笑を浮かべながら、彼方に一歩ずつ近づいてきた安達は、生まれて初めて人食い人種(と彼方は確信した)と遭遇して恐怖に震える小さな身体に手を伸ばした。
「いやっ!」
 両腕を顔の前でクロスさせてガードしたものの、彼方はあっさりとつかまってしまった。
「君の意思は、この際無視させてもらうよ」
 やんわりと、しかし逃げられないようにしっかりと抱き締めながら、安達は彼方に口唇を寄せた。
「今日から君は僕のモノだ」
 悪魔の囁きに、怖くてギュッと目を閉じたら、そのまま口唇を塞がれて軽く吸い上げられた。
「んんっ」
 そして安達の手は、規則通りきっちりと留められた彼方のブレザーのボタンを外し、シャツをスラックスから引き出そうと動いた。
 くちづけが深くなり、舌を絡めとられたまま素肌を大きな手で撫でられて、彼方は初めての経験にパニックに陥ったが、安達を突き飛ばして逃げ出したのは、限りなく無意識下での行動だった。
「星野君!」
 不意打ちを食らい、無様にも後ろにひっくり返った安達が呼び止めていたが、彼方は後ろも見ずに走って逃げた。