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「あれ・・随分遠くまで来ちゃったみたい。ここって、もしかしたらウィザードの森? じゃないよね?」
 僕は急に心細くなった。薬草を摘みに来たのはいいけど、多分ここってウィッチの森のはずれなんだと思う。でも、もしかしたらウィザードの森との境界を越えてしまったかも…
 薬草は畑で作れるものとそうでないものがあって、僕の仕事は野生の薬草を採ることなんだ。
『決してウィザードの森に入ってはいけませんよ』
 あれほど注意されてたのに・・
『ウィザードに見つかったら大変なことになるからね』
 僕が急いで元来た道を引き返そうとしたら、向こうから近づく人影が見えた。
「そこにいるのは誰だ?」
 木の陰から出てきたのは、黒いマントを羽織った青年ウィザードだった。
 黒い髪に黒い瞳。意思の強そうな眼差しに僕は射貫かれてしまいそうになった。
「あ・・あの・・」
「見かけない顔だな。まだナイトに出ていない子どもか…?」


 ここは魔法界カーネリアン。大きな森で東西に別れていて、東側が魔法使いのウィザード達が住むリシュールで、西側が魔女のウィッチ達が住むマリュールだ。
 ウィザードとウィッチは、普段は別々に分かれて暮らしているんだけど、年に一度、秋の満月の晩を挟んで十日十晩、交わりを持つ『ナイト』がある。
 『ナイト』には、十六才になったら出られるんだけど、僕はまだ出たことがない。
 だって、僕はマリュールに住んでいるけど、ウィッチじゃないから。かといって、ウィザードでもないんだ。
 『ナイト』で身ごもったウィッチは、子どもを産むんだけど、男のコが産まれたら翌年の『ナイト』で、その子どもは父親であるウィザードに託して、リシュールで育てられる。
 女のコが産まれたら、そのまま母親であるウィッチにマリュールで育てられるんだ。
 僕はウィッチであるかあさんから生まれたけど、かあさんは『ナイト』で身ごもった訳じゃない。だから、僕はウィッチでもウィザードでもないって訳。
 僕のかあさん、ルピネルは、マリュールでも3本の指に入るくらい美人だと評判のウィッチだったんだけど、一度も『ナイト』に出たことはないんだ。
 『ナイト』に出られる十六歳になる前から評判が高くて、ウィザード達のラブコールは凄まじいものがあったらしいけど、『ナイト』に出る前に僕を身ごもってしまったんだ。そのことは、極秘事項となっている。
 リシュール側には、病気で出られないってことになってるらしい。
 だから、カーネリアンには僕っていう存在も、『ない』ものなんだ。


「お前・・名前はなんという?」
 ウィザードに訊かれたけど、僕はその場を逃げ出した。
 ウィッチじゃない僕がマリュールにいるってウィザードに知られたら大変なことになるってわかるから。
「待てっ!」
 ウィザードに呼び止められたけど、僕は一目散に走った。捕まる訳にはいかないんだ。
 だけど。
「あっ・・!?」
 突然身体が動かなくなって、僕はその場に倒れこんだ。
「何故逃げる?」
 ウィザードの拘束魔法だ・・ どうしよう・・
 力が同等・またはそれ以上なら簡単に解くことができる拘束魔法だけど、僕には解くことはできない。
「お願い・・助けて・・」
「お前を痛めつけるつもりはない。何故逃げる? 名前はなんという?」
 背が高くてとても逞しいウィザードは、本当に僕に酷いことをするつもりがないらしい。僕は魔法は使えないけど、そういうことはわかるんだ。
「セ・・セラフィ・・」
 僕が名前を言うと、身体を戒めていた魔法が解けた。