「なぁなぁ・・・アンタ俺と軽音に入らない?」
校庭の桜も今日の入学式の為に満開になったのだろうと思わせるほど、綺麗に咲き誇っていた。
退屈な式が済んで、新入生はクラス毎に教室に案内されて、とりあえず出席番号順に席について担任の話を聞いていた。
『チェリーブロッサムか・・・ステイツのものと変わりないんだな・・・・』
吉永恵夢(よしながめぐむ)が窓の外をぼんやりと眺めていたら、後ろの席から背中を叩かれたのだった。
「なぁなぁ・・・アンタ俺と軽音に入らない? 俺、吉原灯(よしわらともる)。アンタはなんて名前?」
驚いて振り返った恵夢は、吉原と名乗る男は軽音というよりはサッカーやバスケットのようなスポーツをする方がふさわしいのではないかと思った。
高校に入学したてだというのに、吉原の身長は頭一つ分は大きかった。机からはみ出した脚は長く、靴も30センチ近くあるんじゃないかと思われた。
『こんな足で蹴られたら痛いだろうな・・・・』などと、驚きながらもそう思った。
「なぁ、なんで黙ってるの? 名前教えてよ」
ただでさえ女のコのように大きな目を真ん丸に見開いたまま固まっている恵夢に、吉原は怪訝そうに眉を寄せた。
「あ・・あぁ、ゴメン。俺は吉永恵夢。恵む夢って書いてメグムって読むんだ。少女マンガに出てくるような恥ずかしい名前は、万年少女の母親の乙女チックな趣味の所為だ」
恵夢は自分の名前があまり好きでないようで、仏頂面で名乗った。
「別にイイじゃん。メグって感じ? 似合ってるよ」
灯が納得しているので、恵夢は少しムッとした。
名前の所為ばかりでなく、万年少女の母親そっくりの女顔のおかげで(それでなくても日本人は幼く見られがちなのに)アメリカにいた頃は、しょっちゅう女のコに間違えられていたのだ。
「メグってイイ男だし、俺も見ての通りカッコいいだろ。二人でユニット組んだら絶対に人気者になれるって。なぁ、やろうぜ。俺のことトモって呼んでくれりゃイイからさ」
サラリと、だが今灯は物凄く自惚れた発言をしたので、恵夢は思わず吹き出していた。
「俺、イイ男だなんて言われたの初めてだよ。それに自分のことまでカッコいいなんて、なんてナルシストなんだよ」
『イイ男』でなく、言われるのはいつも『可愛い』という類のものだったので。
「へぇ・・・そうなん? メグの周りにいたヤツらって、目が腐ってたんじゃねーの?」
「どうかな・・・・。可愛いとか美人だとかは言われたことあるけど」
笑い過ぎて目尻に滲んだ涙を拭き拭き、恵夢は答えた。
「可愛いなんて、男に対してほめ言葉になってねぇじゃん。それとも、メグはそんな風に言われて嬉しかったのか?」
またサラリと言われた言葉はツボを突いていて、恵夢の笑いは引っ込んだ。
「・・・・・」
「音痴なんだったらさ。何か楽器ができりゃイイし。やらねぇ?」
「やってみようかな・・・・」
ポツリと返事をした時、担任が怒鳴った。
「そこの二人! 静かに!」