「へぇ〜、メグってピアノが弾けるんだ?」
担任のくどい話が終わってようやく解放されると、灯は早速打ち合わせとばかりに駅前のファーストフード店に恵夢を連れ込んだ。
「うん・・・できるというか・・・齧ってましたってのもおこがましいくらいで・・・・そうだな、舐めてたくらいなものだけどね。近所のお兄さんがピアニスト目指してレッスンしてて、俺も教えてもらってたんだ」
そう言う恵夢の表情が少し曇ったことに気づかないまま、灯は大きく頷いた。
「そっか・・・なら、話は早いな。じゃあ、明日までにラブソングを1曲書いてくることな」
「えっ?」
ココアの紙コップに口唇をつけたまま、目だけで見上げた恵夢に灯はニッと笑った。
「明日の始業式が済んだら、俺ンちで発表会な。姉ちゃんが嫁に持っていかなかったピアノがあるからさ。あ、ちなみに俺はギターだから。ボーカルは上手い方がやるってことでOK?」
有無を言わせぬ口調で言いきって、灯はコークのストローを咥えた。
「俺歌うの下手だから、ボーカルはトモに任せる。コーラスの音程も保証しかねるよ」
そう答えてココアを一口啜った恵夢を、灯は不思議そうに見つめた。
「ピアノができるのに音痴なんか? ウソみてぇ・・・・」
「ウソなんかじゃないさ。自分の頭の中でイメージしている音を発するのが苦手ってだけだ」
憮然とした恵夢の、想像もしてなかった答えに、灯は目をパチクリしていたが、納得したらしい。
「ま、いっか。実は俺、歌にちっとばかし自信があったんだ。じゃあ、ボーカルは俺がするから、そういうイメージのラブソングを頼むぜ」
親指を立てて灯はウインクをした。どうもキメポーズのようだ。
「脳天気なイメージのラブソング・・・コミックソングと紙一重ってとこか・・・難しいな・・・・やってみるけど期待するなよ」
恵夢のイジワルな発言に灯は脱力した。
「違うだろ・・・ニヒル・セクシー・ワイルド! 目指すはソレ!」
「全部死語だよ・・・・トモ・・・・年いくつだよ?」
恵夢の切り返しに、とうとう灯はテーブルに突っ伏した。
「もうイイよ・・・・・好きなイメージでやってくれ・・・・どうせ俺は脳天気ですよーだ」
イジケる灯に、恵夢は大笑いした。
「ラブソング・・・か・・・・」
恵夢は自分に与えられた部屋に置かれているピアノの前に座って、五線紙を睨んでいた。
『リック・・・あれもラブ・・・愛だったんだろうか・・・?』
恵夢は鍵盤に指を置くと、流れるようなメロディーを紡ぎ始めた。
『好きだった・・・尊敬もしていた・・・でも、あれが恋だと言えるものだったのだろうか? リック・・・どうして?』
力任せに鍵盤を叩きつけると、ピアノは不協和音の悲鳴を上げた。恵夢は顔を伏せると大きく息を吐き出した。
灯とは初対面だったなんてことが信じられないくらい、たった1日で打ち解けてしまった。まるで生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染みのように。
『俺の過去を知ったら離れて行くだろうか・・・?』
あの事件の後、逃げるように日本に帰ってきてしまった。
『レイチェルにロクにさよならも言えなかったな・・・・・』