「あの・・・医者に行かなくても大丈夫なんですか?」
案内された部屋のベッドに航を寝かせながら訊いた翔吾に、彼女はニッコリ笑って頷いた。
「生まれつき心臓にちょっと欠陥があってね。今は手術が成功したから大分よくなったんだけど、無理をするとダメみたいなの。でも、しばらく寝たら大丈夫だから・・・」
その言葉を聞いてホッとした翔吾に、彼女は更に言った。
「私これから仕事なんだけど、航が目覚めるまでついててくれるかしら?」
「あ・・・はい。いいっすよ。お姉さん」
翔吾が請け負うと、彼女は安心したように微笑んだ。
「まだ名前を聞いてなかったわね」
「成田・・・翔吾です・・・」
「OK。成田クン。航を・・・息子をお願いね」
「えっ!?」
息子と聞いて翔吾はひっくりかえりそうになった。
「うれしい勘違いをありがとう」
目を瞠って絶句している翔吾の頭をグリグリ撫でて、彼女は言った。
「いくつで産んだんだろうとか思ってるでしょ? 答えは15よ」
そう言うと、立ち尽くす翔吾に航を託して、彼女は仕事に出かけて行った。
「15って・・・・・今の俺らより若い時じゃん・・・・・」
翔吾は大きなため息をついた。
シンプルイズベストだと、翔吾は思う。だけど、これは行き過ぎだ。12畳はあろうかという洋間には、ベッドと机しかなかった。クローゼットはつくりつけで、引っ越して間がないとはいえ、ここまでがらんどうなのには違和感を覚えた。
生活感の全くない無機質な部屋で眠る航は、少し幼く見える。白い磁器のようなすべらかな額にかかる前髪をはらってやると、指先に電流が流れたような気がして、翔吾は思わず手をひっこめた。
『心臓の手術をしたって言ってたな・・・・・』
いけないと思いつつもシャツのボタンに手をかけたところで、航の目がゆっくりと開いた。
「ここは・・・・? 俺・・・っ!?」
飛び起きようとするのを、肩を押さえて寝かしつける。
「まだ大人しく寝てなきゃダメだ。お前、意識を失ってたんだから。どこか苦しいところはないか?」
「お前が・・・・運んでくれたのか?」
覗き込む翔吾の視線から逃れるように目を逸らせて、航は訊いた。
「あぁ・・・」
「迷惑をかけた・・・もう大丈夫だから帰ってくれていい・・・」
「そんな訳にいくもんか。お前の母さんによろしくって頼まれたんだから」
「マリに逢ったのかっ!?」
再び飛び起きるような勢いで訊く航に翔吾は目を丸くした。
『コイツ母ちゃんのこと名前で呼び捨てにしてるのか?』
「うん・・・逢ったというか、チャイムに誰も出なかったから、お前のポケットから鍵借りて入ったらいたんだ」
「チッ、仕事に出る前だったのか・・・・何か言われなかったか?」
「あぁ? 顔のことか? ケンカしたのかって聞かれたけど・・・」
「あっ・・・そうか・・・そうだよな。いや・・いいんだ・・」
真赤になって訳のわからないことをブツブツ呟いている航に、翔吾はムッとした。
「何だよ一体。お前にヤラレたなんてチクッたりしてねぇぞ!」
膨れッ面で言った翔吾に、航は大きく目を瞠って、そしてクスッと笑った。
「ホント変わったヤツ・・・」
そう言うと笑いが止まらなくなったのか、クスクスといつまでも航は笑いつづけた。
『可愛いじゃん・・・』
初めて見る航の笑顔に、ふと気付くとそんなことを思っていて、次の瞬間には航を抱き締めていた。