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「なぁ・・・お前、恋人とかいるのか?」
 翔吾は、これから堕とそうとする航に恋人がいたりしたら、その人に悪いような気がして(堕として弄ぶのは悪くないのかと言われたら、反論の余地はないのに)一応訊いておこうと思ったのだった。見た目はワルそうなのだが、翔吾は根っからのワルではなかった。
「俺は・・・誰とも関わりあいになりたくないんだ・・・友達も恋人もいないし・・・・いらない・・・欲しくないんだ」
 航の答えを聞いて、翔吾は驚いた。
「なんでそんな淋しいこと言うんだよ。過去に何かヤなことがあったのか?」
 翔吾が訊くと、航はガタガタッとテーブルを揺らして急に立ちあがった。顔面蒼白で口唇も色を失っていた。
「帰・・る・・・・」
 それだけを搾り出すように言うと、テーブルの上に500円玉を放り投げて、航は『待合室』を飛び出した。
「翔吾! 後はいいから、羽田を追いかけろ!」
「慎司・・・・・・サンキュ!」
『ヤツら出場亀してやがったな・・・』と思いながらも、翔吾は二人に感謝して、航を追いかけた。
 店には目を丸くした恵史と好奇心丸出しにした客の視線に晒された慎司と徹が残された。
 徹は固く心に誓った。
『ずえぇったいに、翔吾の手帳をゲットしてやるぅっ!』


「あら、翔吾、ヒサブリじゃん。これからカラオケ行くんだけど、一緒に行くぅ?」
「ゴメン、今日は無理。また今度」
 愛美の誘いを断るのはもったいなかったが、今は航のことが気がかりでそれどころではなかった。
 二つ目の信号を渡ってしばらく行ったとこの電柱でうずくまっている航に追いつくと、シャツの胸元を握り締めて真っ青な顔に脂汗を浮かべていた。
「おい、どうした? 大丈夫か? しっかりしろ! 具合悪いのか?」
 抱き起こした航は異常なほど細くて、軽かった。
「大丈夫・・・だ・・・・ほっといて・・・くれ・・・・」
 掠れた声でそう言うなり、航は意識を手放した。
「おい! 航! 航! しっかりしろ!」
 頬を叩いても揺すっても力なくぐったりしている。翔吾は航の制服のポケットを探って生徒手帳を取り出し、住所を確認すると航を抱き上げた。


 303 羽田マリ・航
 最近建ったばかりのマンションの郵便受けで名前と部屋番号を確認した翔吾はエレベーターに乗り込んだ。
「オートロックじゃなくてよかったぜ」
 航はまだ目覚めない。
 部屋の前まで来てインターホンを鳴らすが留守らしいので、航のポケットをまた探って鍵をみつけると、勝手に開けて入った。
「失礼しまーす」
 一応は挨拶くらいしとかねーとな・・・・などと、変なところで律儀な翔吾だった。
「きゃっ! 貴方誰?」
 リビングでうろうろしてたらドアが開いて女性が出てきたので、翔吾は飛びあがらんばかりに驚いた。
「航の友達? スゴイ顔してるけど航とケンカでもした?」
 航にそっくりだけど、もっとずっと派手な美人がそこにいた。
「はい・・・・いや・・・・あの・・・」
 しどろもどろになる翔吾に、美人は何事もなかったように言った。
「航の部屋はこっちよ」