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「やめろよ・・・慎司・・・」
 可哀相に徹は泣き出しそうになっている。
「ごめんごめん。あんまりいじわるすると、キスもさせてもらえなくなりそうだから、このへんでやめておくよ」
「慎司・・・・しつこいって・・・」
 翔吾がそうつぶやいた途端。
「慎司のバッキャロー! お前なんか・・お前なんか、もう絶好だー!」
 バキッと慎司の頭を殴って、徹は教室を飛び出して行ってしまった。この騒ぎにクラスメートの好奇の視線が集中した。
「やり過ぎだって・・・慎司・・・からかうとおもしろいのはわかるけど・・」
「完璧にスネちまったな・・・失敗失敗」
「授業始まっちまうぞ。どうするんだ?」
「んー・・・行き先は大体わかってるから・・・俺達が戻って来なかったら仲直りできたもんだと思っててくれていい」
 勝算があるのかニヤッと笑った慎司に、翔吾は一つだけ訊いた。
「本気なのか? その・・・徹とのこと・・・」
「本気だよ。俺は徹を愛してる」
 真剣な顔でそう言いきった慎司が、翔吾には羨ましかった。
「グッドラック。慎司」
「サンクス」
 慎司と徹は2時間目が始まっても戻ってこなかった。
 そして、その日、航も学校には来なかった。


「何しに来たんだ?」
 放課後、航の住むマンションを訪ねた翔吾は、ドアを開けるなり睨み付けてきた航を見て、元気そうなのにホッとした。
「学校に来なかったから心配で来てやったんだろうが。昨日あんなことがあったんだし・・・・」
 すると、航の目がスッと細められた。
「あんなことって俺がブッ倒れたことか? それともお前に無理やりキスされたことか? ちなみに学校を休んだ訳は病院に行ってたからだが、お前に心配してもらう謂れはない」
 タカビーぶりも毒舌も健在のようだ。
「病院って、やっぱりどこか具合が悪かったのか? その・・心臓が・・・」
「なんでそんなこと知ってるんだ? そうか・・マリだな・・・あンのおしゃべりババア」
「そんな言いかたってないだろーが。仮にもお袋さんなんだし。若くてキレイで羨ましいと思ったぞ。俺は」
「・・・・・」
「俺さ・・・今日のノート真面目に取ってきたんだぜ。ホラ」
 航が黙りこんでしまったので気まずくなった翔吾は、背負っていたディパックの中からレポート用紙を取り出して、航の手に押しつけた。
「具合が悪かったのに邪魔したな。よくなってから学校には来いよ。じゃあな」
 早口でそれだけ言って帰ろうとしたが、航に袖口を掴まれて引き留められてしまった。
「具合なんてどこも悪くねぇよ。茶淹れてやるから飲んでけ・・その・・ノートの礼だ」
 見ると航の顔は心持ち朱が昇っていて、照れているのがわかった。
『やっぱ、カワイイじゃん・・・』
航の淹れてくれた紅茶は本格的なのか、かなり美味しかった。
『プリンス・オブ・ウェールズって言われても、なにがなんやらわからんっちゅうの。俺コーヒー党だし・・・でも、ま、いっか』
 王子サマの紅茶にはブランデーが垂らしてあって、少し大人の味がした。