首筋に、胸に、所有の刻印を施し、くちづけを続けながら肩からシャツを脱がせると、微かに航が震えたような気がした。
そして抵抗がないのをいいことに、口唇で、指で、航の身体をなぞっていく。
「ひっ・・・・く・・・」
しゃくりあげるような声に、航を見た翔吾は、いつも綺麗に整っている顔が涙に濡れて歪んでいるので驚いた。
「な・・なん・・・で・・・こんな・・っく・・・」
途切れ途切れにしか声が出ない航は、固まっている翔吾に背を向けると胎児のように体を丸めて、声をあげて泣き出した。
「驚かせてゴメン・・・でも、俺航のこと・・」
『好きだから』と続けようとして、翔吾は息を飲んだ。
航の背中には右肩から左の脇腹にかけて、切り裂かれたような傷痕があったのだ。
恐る恐る手を伸ばして傷に触れると、航は弾かれたように振り返った。
「痛いのか? これも手術の痕なのか?」
「見るな! 帰れバカ! お前なんか大っ嫌いだっ!」
そう叫んで航はパンチを繰り出したが、翔吾は片手で受けとめるとそのまま包み込むように手を握り締め、反対の手で航を抱き寄せた。
「わかったから興奮するな。今日のところは帰るから・・・でも、覚えていてくれ。俺は本気でお前が・・・羽田航が好きだ」
暖かい胸に抱かれて、落ちつきを取り戻した航は泣き止み、態度を軟化させた。
「寝ぼけるな。俺はオトコだ」
「関係ないよ。そんなの。返事は急がないから、考えてくれよ」
「明日は学校に行くから・・・・」
告白に対する返事はなかったが、翔吾は満足していた。
羽田航は悩んでいた。
あの強引な同級生、成田翔吾の言うことが冗談なのか、本気なのか。
翔吾が言うように、確かに航には過去があった。中途半端な時期に転校したのも、その所為だった。
航は東京の私立の男子校に通っていたが、その美貌と華奢な身体つきが災いして、トラブルに巻き込まれたのだった。
心臓に持病がある航は、体育の授業に半分ほどしか出られず、単位が不足気味だったのだが、レポート提出で単位とする特別措置のおかげで進級してきた。
体育の準備室にいる教師と必然的に話をする機会も多く、父親のいない航にとって逞しく頼もしい相談相手として、懐くのに時間はかからなかった。
しかし男子校の常で、女のコがいない環境では航のような存在が、擬似恋愛の対象になることは仕方なかった。
ただ、相手が教師だったのが航の不幸の始まりだったのだ。
教師も黙って想っているだけならよかったのだが、成熟した男がプラトニックな関係だけで満足できるはずもなく、無人の体育倉庫に航を連れこんで無理に事に及ぼうとしたのだった。
航が抵抗して逃げようと背を向けたとき、後ろから袈裟懸けにナイフで切りつけられたのだ。
幸いにして物音を聞きつけた他の教師によって、航は助け出されたのだが、思いのほか傷は深く、一月近く生死の間をさまよった。
身体の傷は癒えても、心に負った深手はどうしようもなく、マリは航と共に故郷に帰ることを決心した。
しかしそのとき既に、航は心を閉ざしていた。
『成田はアイツみたいに無理強いはしなかった・・・信じてもいいのだろうか・・?』
心を閉ざしているのは淋しい。母親が心配してるのも知っている。
『もう一度だけ信じてみようか・・・・』
航はそう思い始めていた。
『明日、<おはよう>と言ったら、あのおせっかいなクラスメートは、きっと笑顔で応えてくれるに違いない・・・』