18

「ホントだよ。お前も見ただろ? 背中の傷痕・・コレがその時の傷さ。俺がダブッてるのはそういう訳なんだ。わかったならこんなバカなことはやめてさっさと帰ってくれ」
 翔吾はしばらく黙ったまま頭を抱えて考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「わかった。けど帰らない」
 翔吾はそっと航を抱きしめた。強張る身体を宥めるように背中の傷跡をゆっくり撫でて、耳朶を甘噛みした。
「これからは俺が護ってやるから・・・大丈夫。もうそんなに辛い思いはしなくていいから・・・誓うよ・・・愛してる・・・・・だから・・」
 翔吾の囁きに、航は観念したかのように目を閉じた。
「シャワーくらい浴びさせろ。せっかちだな、お前・・・」
「航、い・・いいのか?」
 よっぽど間抜け面を晒していたのか、航は苦笑しながら頷いた。
「イヤだと言ってもやめないんだろ? 仕方ないからほだされてやるよ。でも、お前と違って俺は初心者なんだから、乱暴にするなよ」
「や・・約束するよ。誓うよ。信じてよ」
「わかったから、さっさとシャワー浴びてこい」
「う・・うんっ!」
 子どものようにコクコク頷くと、翔吾は喜び勇んでシャワールームに飛び込んでいった。


『これでよかったんだろうか?』
 航はああ言ったものの、正直なところまだ迷っていた。
『アイツのことは嫌いじゃない。でもまだ出会ってひと月にしかならないのに、こんな関係になってしまって本当に構わないんだろうか? しかも俺達は男同士なのに・・・
 先生のことは信頼してた。兄ってのはあんな感じなんだろうなって。でも、それは決して恋情なんかじゃなかった。だから、あんなことになって辛かった・・・人を信じるのが怖くなった・・・なのにあのバカは・・・やっとの思いで築き上げたガードをあっさり突き崩しやがって・・・・
 俺が生まれる前に亡くなったという父親に似た面差しの、2歳も年下の厚かましい男・・・・マリが気付かなかったのは、青痣になって顔が腫れてたからだろうか。
 初めて会った時、あんまり写真の父に似てたから視線が釘づけになってしまった。アイツも俺を驚いたような目で見てたクセに、俺の性格がわかるとまるで敵でも見るような冷たい目で睨んでいたっけ・・なのになんで好きだなんて?』
 それは一瞬よぎった疑問だったが、翔吾がシャワーを済ませて出てきたので、そのまま霧散してしまった。
 真っ白のバスローブを肩からかけて、写真立てを手にしたまま仏頂面をしている翔吾に、シャワーを浴びてきた航は近づいた。
「これ誰なんだ? 俺じゃねーよな・・・」
 この時の翔吾の心境は、妻の浮気を発見した亭主のソレによく似ていたかもしれない。
「違うよ。俺の父親だ」
「へっ?」
 まるで思っていたことと違う答えだったので、翔吾は間抜けな声を上げてしまった。
「お前にそっくりだろ? 転校した日、ビックリしたよ。俺も・・・」
「それであんなに睨まれてたのか・・俺」
「そんなに睨んでたか? 俺」
「徹に言わせるとちょっと違ったけどな・・・・」
「うん・・『熱烈なまなざし』だったっけ?」
 互いに顔を見合わると二人は盛大に吹きだした。ひとしきり笑っておなかの皮が痛くなってきた頃、航が顔を上げると真面目な表情の翔吾と、まともに目が合ってしまった。
 翔吾の意図するところがわかった航は、頬を染めて俯いた。
「航・・いいか?」
「・・・・・・・・」
 航は返事ができなかった。