チャイムが鳴って休憩時間になると、慎司と徹が連れ立ってやってきた。
「羽田の具合はどうだ?」
「うん・・・貧血らしいけど、まだ気付かないんだ・・・」
「ごめん・・翔吾・・・俺、慎司から聞いて・・・お前が本気だなんて知らなくて・・・」
徹は叱られた子犬のようにしょげている。翔吾は首を振った。
「お前だけが悪いんじゃない、徹。俺があんなバカな賭けを持ち出さなきゃ、こんなことにはならなかったんだから」
宥めるように、徹の肩を叩いた。
「羽田の心臓は大丈夫なのか?」
「知ってたのか? 慎司」
「担任に聞いてたからね。もっとも、今は完治とまでは行かなくても大丈夫だってことだったし、羽田本人からは堅く口止めされてたから、誰にも言ってないけどね」
「許してくれるかな・・・? 羽田・・・」
徹がポツンと呟いた。
しかし、誰も答えられなかった。
再びチャイムが鳴ったので、慎司と徹は教室に戻って行った。
「う・・・ん・・・」
「航っ! 気がついたのかっ!?」
「しょ・・・う・・ご・・・? 俺・・・?」
「ごめん! ごめん! ごめん! ごめん! 航」
急に抱きしめられて、謝罪の言葉がシャワーのように降ってきたので、航は何が起こったのか総てを思い出した。
「離しやがれ・・・この腐れ外道が・・・」
航は翔吾の腕から逃れようともがいた。
「わた・・・る・・」
翔吾の声が震える。
腕が振り解かれて睨みつけられる。その視線は氷のように冷たい。
「全部忘れてやる。勘違いするなよ。許してやる訳じゃない」
引導を渡されて、翔吾は何も言えなくなった。
航は呆然と立ち尽くしている翔吾の横をすり抜けて、保健室を出ていった。
『絶望だ・・・・』
胸が引き裂かれそうなくらい痛い。
「助けてくれ・・・誰か・・・・」
思わず、そう口にしていた。
無視されてるならまだ救われる。存在を認められた上でのことなのだから。
でも、航のやっていることは無視なんかじゃない。まるで翔吾が見えていないかのように振舞っているのだから。
航にとって翔吾は、存在すらしていないヤツなのだろう。
『本当に忘れてしまったんだ・・・・』
あの日以来、航は一段と分厚い殻に閉じこもってしまった。
やっとの思いでブチ壊したと思っていたのに、今度の殻は超合金でできているかのようにびくともしない。
謝ろうと近づいていっても、スルリとかわされる。家の前で待ち伏せていても、無表情で通りすぎていくだけで、声を掛ける隙も与えてはくれない。
こんな状態が何日続いているだろう・・・それは翔吾に対してだけではなかった。クラスの誰とも視線を合わさない。挨拶すら交わさない。
感情の一切合財が航から抜け落ちたかのようだった。
一度は航の笑顔を目撃しているクラスメートは、最初のうちはなんとかしようと話しかけたりもしていたが、最近は諦めムードが色濃くなっていた。
しかし翔吾だけは、ずっと航のことを見つめていた。そうすることしか今の翔吾にはできなかったから。
もう、この想いを航が受け入れてくれるとは、とうてい思えないのだけれど、そうせずにはいられなかった。