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 羽田航はクラスメートと仲良くやるつもりは皆無のようだ。新学期恒例の親睦を兼ねたクラス対抗の球技大会にも不参加を宣言し、当日はご丁寧に欠席したのだ。
 その球技大会の日の帰り。翔吾はいつものように女のコの誘いにも乗らずに、慎司と徹と一緒にいきつけの喫茶店『待合室』に来ていた。
 ここのマスターは真崎恵史という、青陵のOBで25歳の青年だった。そばかす美人で肩より少し長い髪を、いつも後ろで一まとめにして赤いリボンで束ねている。コーヒーを淹れるのが上手くて気さくな性格もあって、悩み多き後輩達の良き相談相手にもなっていた。
「慎司、お前何か聞いてるか?」
「何かってなんだよ?」
「アイツだよアイツ。身体弱いのか?」
「羽田のことか? まぁ、あの白さはちょっと病的だし、体育の授業もサボリ倒してるしね・・・・どうなんだろうね?」
 慎司は奥歯にモノが挟まったような意味深な言いかたをした。
 その時、翔吾は不意に思いついた。あの生意気でプライドの高そうな転校生に目にモノを見せてやる方法を。
「決めた。堕として弄んでやる・・・」
「なんだってぇっ!?」
 徹が叫んだ。
「ちょっと待てよ、翔吾。いくらキレイだからって、アイツは男だぜ。バカなこと言ってんじゃねぇよ」
「徹の言うとおりだ。どこからそんなバカな考えが出てくるんだ?」
 普段はクールが売り物の慎司も、これにはビックリしたらしい。
「なんだったら賭けてもイイぜ。ツンとすまして思い上がってるヤツに思い知らせてやる絶好の方法じゃん」
「ふーん・・・自信満々だな。男でもタラシの翔吾サマにかかったら、堕とせないなんてことはないって? でも、俺は堕とせない方に・・・・そうだな・・・お前が欲しがってた、親父のアメリカ土産のイチローグッズを賭けてもイイぜ」
「まじ!? 徹」
「徹までバカに賭けに乗るんじゃないっ!」
 翔吾はやめさせようと必死の慎司を突き放すような言いかたでさえぎった。
「イヤなら参加しなくてもイイんだぜ。委員長」
「翔吾・・・悪いことは言わないからやめておけ。でないと絶対に後悔するぞ」
 本気で心配する慎司の忠告を無視して、徹が口を挟んだ。
「それより、翔吾が負けたらナニくれるの? 俺は本場のイチローグッズを賭けたんだから、お前もそれに見合うものを賭けろよな」
「よし、じゃあ俺はこの手帳を賭けてやる」
「マジかよ・・・・・?」
 徹が信じられないといった様子で、目を瞠った。それもそのはず、翔吾の手帳は普通の手帳とは訳が違う。プレミア手帳として青陵では垂涎ものの、泣く子も黙るアドレス帳なのだ。
 近隣の高校に限らず中学生からOLまで、少なくとも100人は下らない可愛いコの携帯番号やメルアドがプリクラ付きで記されているのだ。携帯のメモリーは消えてしまうことも予想されるため、マメに手書きしているというこの手帳を欲しがるヤツは多いが、中身でさえじっくり見せてもらえなかった。
「OK。交渉成立」
 翔吾と徹がお互いに、勝って目当てのモノを手に入れたつもりで、堅く契約の握手を交わすのを、慎司が呆れたような表情で見ていた。
 そして翌日から、翔吾は航へと猛烈なアプローチを開始した。