「待てよ! 逃げるのかよっ!?」
咄嗟に航の腕を掴んだ翔吾の右の頬を、とんでもない衝撃が襲った。
「俺に触るんじゃねぇっ! ブッ殺すぞ!」
『サウスポーなんだ・・・コイツ』
強烈な左ストレートを食らって尻餅をつきながら、暢気にそんなことを思う余裕のあった翔吾を、いつも以上にきつく睨みつけて、航は肩をいからせていた。
「いきなりつかんだりして悪かったよ。でも、お前もいきなりコレはないだろ? 俺の男前をどーしてくれるんだよ?」
頬をさすりながらおどけたように言った翔吾から目を背けて、航は苦しそうに声を絞り出すように言ったのだ。
「頼むから・・・本当にもう俺にかまわないでくれ・・・」
「何でだよ? 一緒に帰ろうって誘っただけじゃんか」
「迷惑だって言ったろ・・・俺は誰とも関わりあいになりたくないんだ・・」
そう言うと、呆然とする翔吾を残して駆け出して行ってしまった。
『なんか訳ありだよな・・・中途半端な時期に転校してきたし・・・』
「成田、大丈夫か? すげぇ腫れてるぞ・・・」
一部始終を見ていたクラスメートの一人が、好奇心丸出しの表情で声を掛けてきた。
「大丈夫な訳ねぇだろ。あぁ痛ぇ・・・」
「一体どういう心境の変化だよ? あんなヤツに構うなんてさ。口説くつもりなのか? 性格はともかく見てくれは絶品だからな」
「そんなんじゃねーよ!」
「まぁ、本人もあれだけイヤがってんだから、ほっといてやれよ」
「あぁ・・・そうだな・・・」
殴られたとこもズキズキ痛むし、なによりこんな会話を終わらせたくて、翔吾は適当に相槌を打っていた。
「ますます男前が上がったじゃねーか・・翔吾・・・・」
翌日の朝、笑ったりしたら悪いとでも思っているのか、複雑な表情で徹が顔を覗き込んできた。
「羽田にやられたのか? それ・・・」
慎司も同じように複雑な表情で訊いてきた。
「おっ・・・お前、もしかして、もうヤッちまって、それで・・・そうなのかっ!?」
徹の声はひっくり返っている。
「違う違う・・手を握っただけ・・・」
「で、その有り様か? うっひゃー。ガード堅いな。どーすんだよ。まだ頑張るつもりか?
「徹・・・お前、おもしろがってるだろ?」
「もう、やめておけ」
徹を睨んだ翔吾に、横から慎司が口を挟んだ。いつになく真剣な表情に、翔吾も徹も息を飲んだ。
「なんだよ、慎司。お前は関係ねぇんだから口出しすんなよ」
翔吾もらしくもなく突っかかってしまったのは、昨日の今日でムシャクシャしてたからなのかもしれない。
睨み合ってる二人の間に、徹が割って入った。
「慎司も翔吾もナニ熱くなってんだよ? つまんねぇことでケンカしてんじゃねぇよ」
徹の言葉を受けて、先に引いたのは慎司だった。
「そうだな・・・要らぬおせっかいだった・・・」
そう言うと自分の席に戻ってしまった。
「一体どうしたんだよ、翔吾。なんからしくないぜ」
徹が本当に心配しているのがわかって、翔吾の気持ちもおちつきを取り戻した。
「悪い・・あんまり上手くいかねぇもんだから、ちょっとイライラしてたようだ・・・・」
「焦らなくてもイイじゃん。アイツも男なんだし、そんなに簡単に堕ちる訳ねぇじゃん。でも、賭けは俺の勝ちだからな」
そう言って、徹はヘタクソなウインクを投げて寄越した。どうも慰めようとしてくれたらしい。