航が教室に入って来た。
翔吾の右半分が真っ青になっているツートンカラーの顔を見て、息を飲むのがわかった。
「ンだよ。てめえがやったんだろうがよ」
つい、責めるような口調になってしまう。
「悪かった・・・そこまでやるつもりはなかったんだ・・・・」
航の声は震えていた。
「本当に悪いと思ってるなら、今日こそ俺に付き合えよな」
「―――――――! それは・・・」
今にも泣き出しそうな顔で、航は俯いてしまった。耳まで朱に染まっているのを見て、翔吾は何故かゾクゾクした。その感情が何かわからないまま、かすかに震えている耳朶に口唇を寄せて囁いた。
「今日は逃がさない・・・・」
航はビクッと、傍から見ててもわかるくらいに身体を強張らせ、それでもいつものように睨み付けてから席についた。
「取り敢えず第一の関門はクリアだな・・・」
徹が何か言いたそうな顔をしているのを尻目に、翔吾は独りごちた。
その日の授業が終わって逃げるように帰ろうとする航を、翔吾は見逃さなかった。
「今日は付き合ってくれる約束だったよな? 忘れたなんて言わせねーよ」
強張る航の腕を掴んだまま、翔吾は言った。
「わかったからこの手を離してくれ・・・」
観念したのか、航は身体の力を抜いた。悔しそうに翔吾を睨み上げるが、優位な立場にある今の翔吾には、その冷たい眼差しもダメージを与えることはできなかった。
そして、翔吾と航が連れ立って教室を出ていくのを見た慎司と徹は、お互いの顔を見合わせた。
「やぁ、翔吾クンいらっしゃい・・・・ってどうしたの? その顔! ケンカでもした?」
『待合室』のドアをくぐると、マスターの恵史がにこやかに迎えてくれた。
「あぁ・・・・ちょっとね・・・」
「慎司クンと徹クンは一緒じゃないんだね。今日は。そちらのカレは初めて・・・かな?」
「あぁ・・・転校生なんだ。羽田航」
紹介された航が軽く会釈すると、恵史はニッコリ微笑んだ。それは青陵在学中から『聖母マリアの微笑み』と誉れ高い美貌だった。
「羽田クンって目を瞠るような美形だね。さぞかしモテるでしょう?」
「い・・・いえ・・・そんなことないです・・・・・」
恵史に褒められて、航は一瞬にして真赤になって俯いてしまった。
「おやおや・・・シャイなんだね。翔吾クンにいじめられたら、いつでもおいで。さて、ご注文は何にいたしましょう? お二人さん」
「なぁ・・・黙ってないで何かしゃべれよ・・・」
恵史が運んできた薫り高いブレンドのカップを前にしたまま、一向に口を開かない航に、翔吾は段々イライラしてきた。
「何かって何だよ? 誘ったのはお前じゃねぇか」
「そっか。例えばだな・・・そうだな、お前女のきょうだいはいるのか?」
「何だよ。身上調査か? お見合いじゃあるめーし、何でそんなこと・・」
そう言った航はハッとして、真赤になって俯いた。
翔吾も航が言ったことで自分の発言に思い当たると、航と同じように真赤になって俯いていて、本当にお見合い状態になってしまった。
「アイツら、何で真赤になってんだ?」
少し離れた席には、何時の間にか慎司と徹も来ていて、しっかりと彼らのことを偵察していたのだが、その時の翔吾はまだ何も気づいていなかった。