「うわ・・・こんなすげぇマンションに住んでんのかよ・・・」
岡崎のおかげで、無事なんとか一日の講義を終えた真矢は、心配する岡崎に家まで送られてきた。
「佳尉の両親のだから・・・・」
頬を染めて俯く真矢のうなじには、昨日の情事の跡が見え隠れしていて、岡崎は嫉妬に胸を焦がした。
「センパイ!」
振り返ると佳尉が仁王立ちになっていて、岡崎は真矢を支えていた腕を解いた。
「翌日の講義を受けるのに差し障りが出るほど酷くするのは感心しないな。後輩」
岡崎に先制パンチを食らって、佳尉は何も言い返せずに口唇を噛み締めた。
「お・・・岡崎・・・今日はありがと・・助かったよ・・・ あの・・よかったら上がってお茶でも飲んでってよ」
真矢の誘いは魅力的だったが、優雅なティータイムとはならないだろうから、岡崎は辞退した。
「焼き餅焼きの後輩に睨まれながらお茶する気はないから・・・ じゃあ、また明日」
岡崎はヒラヒラと手を振って帰って行った。
「なんで、あんなヤツに送られてんだよ!? タクで帰ってくればよかったじゃん」
エレベーターに乗るなり、佳尉が叫んだ。
「チクショー。俺だって・・・」
「ごめんね・・・あの・・今日の講義は休めなかったんだ・・・だから・・・」
「もうイイよっ!」
エレベーターが止まると、佳尉は真矢の肩をさらうように抱き締めて歩き出した。
部屋の前まで戻ってくると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「引越しか?」
しばらく空家になっていた隣に誰か越して来たようだ。作業服を来た人がダンボールを持って出入りしていた。
「そう言えば、トラックが留まってたね」
「どうでもイイよ。俺達にはカンケーないしな」
佳尉はポケットからキーを取り出してドアの鍵を開けると、真矢を抱きかかえるように部屋に入った。
「か・・・佳尉っ!?」
一目散にベッドルームに向かう佳尉に、真矢は慌てた。
「センパイは俺のことどう思ってんの? なんであんなヤツに気安く触らせてんだよ!?」
「え・・・え・・えっ!?」
真矢はいきなりの展開に目を白黒させた。ベッドに突き飛ばすように押し倒されて、無意識の内に腕を突っ張った。
「俺を拒絶するのかよっ!?」
佳尉の言葉に真矢が口を開きかけたその時。
ピンポーーン。
チャイムの音がして、佳尉は舌打ちをして真矢の上から降りた。
「隣に越して来た者ですけどー」
若い女性の声に、真矢も玄関先に顔を出した。
「ウソっ! 藤枝まあやセンセーですかー?」
2人の女性がそこにいて、真矢の顔を見るなり悲鳴を上げた。
「えっと・・・・?」
真矢が混乱していると、女性の一人が口を開いた。
「矢追書店の新年会パーティーで一度お目にかかったことがあるんですけど、私、真田沙菜(さなださな)です。覚えてらっしゃいません? 本名は山村と言います」
にっこり微笑まれて、アッと声を上げた。
「真田先生でしたね・・・ あの・・・ごめんなさい。あの時は緊張してて・・・・」
申し訳なさそうに謝る真矢に、沙菜はいいのよと言った。
真田沙菜は少女マンガ家で、真矢と同じく小説のイラストも手がけたりしている。今年の出版社の新年会で担当編集から紹介されたのだった。
「こちらはセンセーのお兄さんでいらっしゃいますか?」
話の輪に入れずに仏頂面をしていた佳尉に、沙菜は訊いた。
「俺は藤枝センセーの後輩。しかも2つ年下」
不機嫌を隠そうともしない佳尉の答えに、沙菜は苦笑した。