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 真矢が帰ってから、沙菜と真理恵は考え込んでしまった。
「一緒に暮らしてるくせに、完璧にすれ違ってるわよね、あの2人」
「沙菜もそう思った? 昨日挨拶に行った時、佳尉クンって、まあやと親しく話してる沙菜のこと、視線で殺せるってくらいに睨んでたし」
「なんでまあやに佳尉クンの想いが伝わってないのか不思議だわ」
「自分に自信が持てないから、佳尉クンに愛されてるなんて、欠片も思ってないのよ」
「なんとかしてあげたいね・・・」
「健気だもんね・・・まあや」
 沙菜と真理恵は、顔を見合わせてため息をついた。


 佳尉はイライラしていた。
 真矢が自分のことを好きなのはわかっている。わかっているけど、今にも自分の腕の中から消えてしまいそうな感じがするのは何故なんだろう。
 何度抱いてもイイ声は聞かせてくれない。いつもいつも何かに耐えてるように口唇を噛み締めているのは何故なんだろう。
 頭をかち割って覗けるものならとっくの昔にそうしてる。
 真矢に訊くといつも帰ってくる言葉は同じだ。
 『好きだよ』
 真矢はいつもそう言う。でも、淋しそうに微笑むのは何故なんだろう。
 佳尉はどうしたらいいのかわからずに、口唇を噛み締めた。


 すれ違ったまま、2年の月日が過ぎた。
 真矢は相変わらず自信がなさげだったし、大学生になったものの佳尉はプチイライラが続いていた。
 自分の顔色を伺っておどおどしているというんじゃない。しいて言えば、1本線を引かれているという感じか。
 こちらに引き摺り込んでしまいたいのに、真矢は頑として拒んでいるという感じがぬぐえないのだ。
 普通の恋人同士のように、もっと甘えてもらいたいと思うけど、自分の方が年上だから恥ずかしいとでも思ってるんだろうか。
 だからという訳ではないけど、抱く時にはつい酷いことをして泣かせてしまう。本音が零れたらいいなとは思うが、真矢は乱れながらもいつもどこか冷静さを失わなかった。


「俺、明日からアニキんトコでバイトすることにしたから」
 その日の夕方、戻ってきた真矢を捕まえると、佳尉は一方的に宣言した。
「バイトって・・・夜?」
 買い物をしてきたのか、両手に食材が詰まった袋をぶら下げたまま、真矢は訊いた。
「ホストクラブだからな・・・・」
「えっと・・・・それって大丈夫? だって佳尉は未成年だし・・・」
「ハタチってことにしてるから、センパイがチクッたりしない限りバレねぇって」
 ウインクをする佳尉に、真矢は頬を染めた。
「そんな・・・僕は・・誰にも話したりしないよ・・・」
「女のコ相手にするけど、全部仕事だから。センパイは何も心配しないで俺の帰りを待ってて・・・・って言っても、起きて待ってることないからね」
 口唇に軽いキスを落とす佳尉に、真矢はコクンと頷いた。

 見た目を裏切って根は真面目な佳尉は、学生の本分は勉強だからとバイトは金曜と土曜だけにしていた。
 客に媚びないけど愛想のよい佳尉は、現役大学生でオーナーの弟ということもあって、たちまちナンバー3に上り詰めた。そうなると、いろいろとプレゼントを貰うことも多くなり、それを整理するのも真矢の仕事の一つになった。