「出て行かなきゃ・・・・」
佳尉が洋人を連れて出かけると、真矢は大きなスポーツバッグを取り出して、荷造りを始めた。
「ちょ・・・ちょっと・・・・カレシって、藤枝まあやだったのか?」
部屋を出るなり、洋人は興奮して訊いてきた。
「あ? あぁ・・・お前、センパイのこと知ってたんだ?」
「バカ! 俺は国文だろが。人気のある小説はひととおり読んでるさ。あのシリーズは割と好きで、挿絵も気に入ってるんだから」
佳尉は目を丸くして、洋人の言葉を聞いていた。佳尉が真矢の存在を認識することになったあの小説はシリーズ化していて、現在5巻まで発売になっていた。
「クソ! 知ってたらサイン貰うんだった」
洋人は本気で悔しがっていた。
「また今度貰ってやるから・・・」
エレベーターが1階についてドアが開くと、そこには沙菜と真理恵がいて、驚いたように小さな声を上げた。
無理もない、佳尉は興奮する洋人を宥めるため、肩を抱いていたのだから。
「ちょっと! まあや、いる!?」
荷造りといっても、元々それほどのものは置いていなかったので、仕事道具と数点の着替えを詰めると完了していた。
「沙菜さん・・?」
鍵のかかっていなかったドアから上がりこんできた沙菜は、真矢を見つけると弾丸のように言葉を紡いだ。
「あのオトコは一体何者っ!? まあやがいるのに、あんなに愛しそうに肩なんか抱いちゃって。ドコへ行ったのっ!? まあやは何も言ってやらなかったの!?」
沙菜の剣幕に、真矢は苦笑した。
「時が来たんです・・・」
「時って一体何よっ!? アンタ、身を引くって言うの!?」
沙菜は本気で怒っていた。今まで真矢がどれほど佳尉に尽くしてきたか、そばにいて見守ってきたのだから。
「僕は、佳尉の側にいさせてもらえてとても幸せだった・・・・ 佳尉に好きな人ができたなら、出て行こうと決めてたから・・・」
「まあや・・・・」
真矢の断固とした決意に、沙菜は何も言えなかった。
「実家に戻るの?」
真理恵に訊かれて、真矢は困ったように頷いた。
「取り敢えず、部屋を見つけるまで・・・」
「なら、ウチにいらっしゃいな。部屋数はココと同じだけあるし、これからシュラバになるから、また手伝ってくれると嬉しいから・・」
「え・・・でも、女性の部屋になんて・・・」
真矢が困惑していると、真理恵は笑って言った。
「まあやのことは弟のように思っているのよ、私達。まあやだってそうでしょ?」
真矢が頷くと、沙菜は善は急げとばかりに真矢を急かした。
「佳尉にオシオキしなきゃ・・・ね」
何を企んでいるのか、目配せを交わすと、沙菜と真理恵は真矢を自分達の部屋に連れて行った。