「置き手紙は有効だと思うの」
「鍵は、郵便受けに落しておくと、なお効果的だわ」
「まあやの実家には、連絡しておく?」
「言わない方がイイと思うんだけど・・・ ねぇ、まあやは普段から実家と連絡取り合ってる?」
自分の預かり知らぬところで、どんどん話が進められて行く。真矢は急に話を振られて、慌てて首を振った。
「ぜ・・全然・・・用があるなら携帯にかかってくるし・・・・うちは割と放任主義だから・・・」
答えを聞くやいなや、真理恵は真矢の目の前に便箋とペンを差し出した。
「じゃあ、佳尉にお別れの手紙を書いて。あっさりと・・・・そうね・・・今までありがとう。さようなら・・・って感じでいいかしら?」
「離縁状は三行半って言うから、3行半で書いたらいいんじゃない?」
「佳尉が『みくだりはん』なんて言葉知ってるかしら?」
困惑している真矢をよそに、沙菜と真理恵は2人で盛りあがっている。逆らわないほうが身の為だと本能的に悟った真矢は、言われた通りにさよならの手紙を書いた。
「じゃあ、コレはリビングのテーブルの上に置いて来て。鍵をかけたら郵便受けに入れておくのよ」
真矢は、思い出に浸る間もなく、佳尉と2年間暮らした部屋を出ることになった。
「ケー番は変えた方がイイよね?」
「携帯の番号変えたら、不都合かしら?」
真矢の意思などお構い無しな2人に、なるようにしかならないのだからと、真矢は諦めモードになっていた。
佳尉の傍にいられなくなったのだから、もうどうなっても同じことだと。
「いえ・・・実家と担当さんくらいですから・・・連絡すればいいと思います・・・」
「そう、ならよかったわ。じゃあ、明日買い換えることにして、今夜は電源落しておいて」
魔女には逆らわないほうがいいと、真矢は言うとおりにした。
「今日はありがとうな。上手くいったらこのお礼は改めてさせてもらうから」
佳尉が右手を差し出すと、洋人は苦笑しながらも握り返してくれた。
「藤枝まあやの色紙1枚でいいよ。でも、ホントに上手くいけばいいけどな」
時間は日付が変わってから2時間後。佳尉は洋人と別れると、一目散に真矢が待っているだろう自宅に向かって駆け出した。
多分真矢は起きて自分の帰りを待っているはずだ。佳尉はチャイムを鳴らして、真矢が出迎えてくれるのを待った。
「センパイ? 寝ちゃった?」
しばらく待ったがドアが開く気配がないので、佳尉は自分で鍵を使って部屋に入った。
灯りをつけると、リビングのテーブルの上に1枚の紙が置かれているのが目に入った。
「な・・・なんだよっ! コレ!」
今まで傍にいさせてくれてありがとう。
僕は幸せだった。
佳尉もどうか幸せに。
几帳面な真矢らしい、カッチリした文字で書かれたそれは、どう見ても別れの言葉で、佳尉は自分の計画が完全に失敗したのだと気付いたが、後の祭だった。
「センパイ!?」
慌てて真矢の部屋に飛びこんだけど、もぬけのカラになっている部屋に、当然真矢の姿はなかった。
携帯に電話してみたが、電源が切られているというメッセージが繰り返されるばかりで、佳尉は洋人の言うように、真矢に愛想を尽かされたのだと悟った。
「どうしよう? どうすればいい?」
佳尉はなす術もなく、真矢がいなくなった部屋に立ち尽していた。