「湯島と別れたんですか?」
洋人の差し出したシステム手帳の革の表紙にサインしていた真矢は、思いがけない言葉にペンを落しそうになった。
「・・・・佳尉とは、そういうのじゃなかったから・・・」
「え?」
「どうか、佳尉と幸せに・・・・・僕は佳尉にはどれだけ感謝しても足りない・・・ありがとうと伝えてください」
真矢は手帳を洋人に返すと、沙菜との待ち合わせの場所に向かった。
「ちょっと待てよ・・・・・なんか話が違うじゃん・・・・・?」
去って行く真矢の後姿を眺めながら、洋人は釈然としない思いだった。
「セ・・・・真矢が来てたって?」
気乗りがしないけど、仕事に出ようとしていた佳尉の携帯に洋人から連絡があった。
『アンタと別れたのかって訊いたら、そんなんじゃなかったって否定されたけど、一体どういうこと?』
「あぁ? なんだって!?」
『カレシはアンタとつきあってるって意識がなかったって理解したけど?』
「どういうことなのか、コッチが訊きたいよ! なんだよ、ソレ!?」
『あぁ、それとアンタにありがとうって伝えてくれってさ』
洋人は言いたいことだけ言うと、さっさと切ってしまった。佳尉はどうしてこういうことになったのかわからずに、無性に腹が立ってきた。
「一体、何が不満だったんだよっ!? 言ってくれなきゃわかんねーじゃねーか!」
テーブルの上の真矢の手紙にもありがとうと書かれてある。勝手に出て行ったくせに、何がありがとうなんだよと佳尉は毒づいた。
どれだけヒドイことされても、好きだって言ってたくせに・・・
あんなに恥ずかしい目にあわせても、佳尉が好きだって言ってたくせに・・・
「なんであれくらいのことで出て行っちまうんだよ・・・・」
オンナを抱いて戻ってきても、平然としてたくせに・・・・
誠吾を怒らせる訳にはいかないと、佳尉は傷心のまま仕事に出かけた。
「まあやのつくるご飯って、ホントおいしー」
「ウチに嫁に来て欲しいよねー」
締め切りが迫っている沙菜と真理恵の為に、真矢が家事を請け負っていた。
「まじ、冗談抜きで、ホントにハウスキーパーとして雇いたいくらいなのよ」
苦笑する真矢に、沙菜は真顔で言った。
「うんうん。まあやの仕事がつまってなくて、ラッキーだよね」
学生の間は、レインボーシリーズしか仕事は引き受けないと決めていたので、真矢の仕事は週刊誌で連載している沙菜に比べれば、余裕があった。
「佳尉の新しい恋人に会ったんだって?」
迎えに来てくれた沙菜に、青ざめていた顔色の理由を訊かれて、洋人に会った話をしたが、真理恵にも伝わっていた。
真矢が頷くと、真理恵はチッと舌打ちをした。
「どういうつもりなのかしら? まあやが出ていったことは知ってるはずなのに、追い討ちをかけようってことかしら?」
真矢は驚いて首を振った。
「そ・・・そんなんじゃなかった・・ 彼は僕のイラストのファンなんだって言ってた・・・・」
「そんなの社交辞令に決まってるでしょ!」
「で・・・でも・・・」
「まあやってばお人よし過ぎるよ」
2人に非難されて、真矢は悲しくなった。洋人からは本当に悪意などは感じられなかったから。
「でも、僕は・・・・佳尉の傍にいるのは、僕なんかより彼の方が似合ってると思ったんだ・・・・」
淋しそうにつぶやく真矢に、沙菜と真理恵は顔を見合わせた。