「どうしたの? 調子悪い?」
真矢のことを考えてはボーっとしてしまう佳尉の顔を覗き込んで、今日の客のさやかが訊いた。
「ごめんなさい。さやかさん。実はちょっとね」
笑顔で返す佳尉に、さやかは心配そうに頬に手を伸ばしてきた。
「顔色も良くないみたいよ。ちゃんとご飯食べてる? 何かとってあげようか?」
「ありがとう。ちょっと食欲がないだけで、大したことないから・・・」
「そう? 原因は恋の悩みだと思ったけど、違った?」
霊感が強いらしいOLのさやかは、商売にこそしていないが占いがよく当たると評判だった。
「え・・・どうして・・・?」
笑顔を取り繕うことも忘れて、呆けた顔になった佳尉を見て、さやかは自分の見立てが正しいと思った。
「占ってあげようか? 恋人のことを思いながらわたしの手を両手で握ってみて」
佳尉が言われたとおりにさやかが差し出した右手を握ると、さやかは目を閉じてその上から左手を重ねた。
「・・・・誤解・・・灯台下暗し・・・糸は・・・切れてない・・・・」
さやかが呟く言葉に佳尉はハッと顔を上げた。
「し・・・信じてもいい?」
迷子になった子どものような情けない顔の佳尉に、さやかは笑顔で答えた。
「信じる信じないは佳尉の自由よ。でも、信じる力が真実にしてくれるわ」
「ありがとう・・・さやかさん・・・」
佳尉はホッとして安堵のため息をついた。
「真矢を返してくれませんか。岡崎センパイ」
「あぁ? 寝ぼけてんのか? 湯島」
佳尉は灯台下暗しというさやかの言葉を、真矢は岡崎の所に転がり込んでいると解釈したのだった。
「藤枝はお前と一緒に暮らしてるんじゃなかったのか?」
「出てった・・・実家にも戻ってないんだ・・・・」
うなだれる佳尉に、岡崎は溜飲を下げたような気になった。
「捨てられたんだな。 愛想尽かされたんだよ、お前」
岡崎の言葉は容赦なく佳尉を傷つけた。反論できるはずもなく、佳尉は岡崎の後姿を見送った。
「まだ見つけられないの?」
洋人の呆れたような言葉にも、佳尉は傷ついた。
「オマエね。傷心の俺サマを慰めてやろうって気にならない?」
「ならない。自業自得だしね。俺的にはカレシの味方だし」
「ひでぇ・・・・」
肩を落とし力なくつぶやく佳尉に、洋人は追い討ちをかけた。
「オマエのやったことの方が酷くない? カレシは一途にオマエのこと想ってたよ。どうしてその気持ちを信じられなかったのか、俺にはその方が不思議」
「だって・・・俺は・・・・」
どうして真矢の気持ちを試そうとしたのか、その理由を佳尉は思い出せなくなっていた。
2週間経っても真矢の行方はようとして知れず、佳尉の苦悩は深まるばかりだった。自己嫌悪で夜もロクに眠れなくなっていた。
「灯台下暗し・・・・か・・・真矢・・・・どこにいるんだよ・・・?」
どうしてあの手を離すようなマネをしてしまったのか、今となっては自分のしたこととはいえ信じられない。
糸は切れてないというさやかの言葉を信じたい。
「好きなのに・・・・」
思わず口をついて出た言葉に、佳尉は愕然となった。
「あれ・・・俺・・・真矢に言ったことあったっけ?」
真矢には何度も何度も言わせた言葉。
真矢はいつだって自分のことを想っていてくれたはずで、どんな無茶を言っても聞いてくれた。
「まじ、愛想尽かしちまったのかよ・・・・」
真矢の携帯は通じない。真矢がいなくなった翌日には「この番号は使われてない」というアナウンスに変わっていた。
どうしてもっと大事にしなかったのだろう。佳尉の頬を後悔の涙が滑り落ちた。