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わずらわしいことから解放されて、本来なら喜ぶべきことなのに、ショックを受けている自分に気付いた俺は、そんなことにショックを受けているってことに、またショックを受けていた。
楽しかった?
亜里が無邪気に懐いてくれて、弟のいない俺にとって、知らないうちに河本家が居心地のいい場所になっていたんだろう。
でも、それだけか?
腕を振り払った時、捨てられた子犬のような目をした亜南・・・俺は自分の気持ちに気付きかけていたが、無理やり封じ込めた。
だって、俺も亜南も男なんだから・・・・・
「おはよう。伊織・・・あの・・・」
「おはよう。河本」
次の日の朝、教室に入るなり亜南が思い詰めたような悲愴な表情で近づいてきたので、俺はギョッとしたが、普段どおり挨拶を返せた・・・と思う。
「河本って・・・・亜南って呼んでくれよ」
「何言ってんだ。ウチのクラスには河本はお前しかいないじゃないか。名前で呼ぶといらぬ誤解を招きそうでイヤだ。で、何か用か?」
「亜里が口をきいてくれないんだ・・・思い出したように泣いてるし・・・」
亜南がそう言いかけた時に、女のコが近づいてきた。
「今日はアタシが行くからね。明日は未来(みく)で明後日が優美。このローテーションでいくから」
ニコニコしながら言ったのは、クラスのアイドル的存在の山野美月(やまのみつき)だった。彼女なら亜里もイヤがらないだろう。
「よかったじゃないか、河本。日替わりで美人がご飯作ってくれるなんてさ。羨ましい限りだ」
「あら・・吉木クンちにも、行ってあげようか?」
ほんの社交辞令を真に受けられて、驚いたのは俺だけではなかった。亜南もびっくりしたように目を瞠っていた。
「いや、俺んちには兄貴のフィアンセが来てくれることになってるから、気持だけ戴いておくよ」
「なんだ・・・残念・・・」
チャイムが鳴って、山野はチェックの短いスカートを翻して席に戻った。俺に何か言いかけてた亜南も、それきり何も言わずに席に戻った。