6
「お姉ちゃん・・・ダレ?」
「あら、お兄さんから聞いてない? アタシは山野美月。お兄ちゃんの友達よ。晩ご飯作りに来たのよ」
山野美月はそう言うと、怯えている亜里に構わず、勝手に上がり込んで台所に入って行った。
「美味しいパエーリャを作ってあげるから、楽しみに待っててね」
「えっ・・・僕、カニ玉が食べたい・・・」
亜里がおずおずとリクエストすると、美月は亜里を睨みつけて却下した。
「何言ってるのよ。そんな地味な料理はダメよ。河本クンにアピールするには、もっと派手で豪華なのでなきゃ。君はアタシの邪魔にならないようにお利口さんにしててよね」
いきなり怒鳴られた亜里は、信じられないといった表情で美月を見たが、鞄から料理の本を取り出した美月には、もう亜里の存在は目に入ってなかった。
やっぱりイオ兄ちゃんの方がいい・・・
そう思った亜里は、ビッコを引きながら外に飛び出した。
「亜里?」
どこまで歩いてきたのか、不意に名前を呼ばれて振りかえると、そこには逢いたかった伊織がいて、亜里はしがみついて泣き出した。
「どうした? 何があった? 泣いてるだけじゃわからないだろ?」
しばらく伊織に抱かれて泣きじゃくっていた亜里は、事情をポツポツと話し始めた。
「そうだったのか・・・じゃあ、俺んちに来るか? カニ玉は俺がつくってやるよ。亜南には部活が終わった頃に、俺が電話してやるから」
「いいの?」
顔を上げた亜里は、伊織が笑顔で頷くと安心したように笑った。
7
「ただいまぁ、亜里。今帰ったぞー」
今日もクラブでヘトヘトになるまでしごかれた俺は、ドアを開けた途端妙な匂いに襲われた。
「おかえりなさい。河本クン。おなか減ってるでしょう? パエーリャできてるわよ」
山野美月が、真っ白のレースのフリルがついたエプロンをつけて出迎えてくれた。
「パエ・・・? 何だって?」
呪文みたいなことを言われても、エネルギー切れ寸前の俺の頭では、理解不能だった。
「亜里は?」
「あり? 何それ?」
「弟・・・いただろ?」
山野は首を傾げていたが、やがて思い出したように頷いた。
「アタシが来た時にはいたけど、お部屋にいないなら外に遊びに行ったんじゃない?」
「外って・・・今何時だと思ってるんだよ・・・それに今足を怪我してるから、学校から戻ると外には出ないんだ」
俺の言葉に山野は青ざめた。
「ごめんなさい・・・アタシ、ずっと料理にかかりっきりで、気付かなかったわ・・・どうしよう・・」
気まずい雰囲気になりかけたとき、胸ポケットの携帯が鳴ったので、救われた思いで俺は通話ボタンを押した。
「亜里か?」
『残念、吉木だ。亜里なら泣きながらほっつき歩いてたから、ウチに連れて来た。カニ玉が食べたいって言ってるから、夕食はウチでさせる。帰りは俺が送って行くから心配しなくていい。お前は山野とよろしくやってろ。じゃあな』
「ちょっと待て。伊織っ!」
伊織は一方的にしゃべると、俺の返事も待たずに通話を切った。
「誰から? 弟くんじゃなかったの?」
山野が心配そうに覗き込んでくる。
「あ・・・あぁ。吉木んちにいるから心配しなくてイイって・・・」
「あら、そうなの。よかったわ。じゃあ、ご飯にしましょ」
複雑な思いをしてる俺とは対照的に、山野は満面の笑みで仕度を始めた。