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 亜里はずっと俺を親の仇のように睨みつけているし、つけっぱなしのテレビだけが耳障りな笑い声を垂れ流していた。
「イオ兄ちゃん・・・」
「ん、何? 亜里」
 伊織の無表情は、亜里を見る時だけ優しく変化する。
「また来てくれるよね? もう逢えないなんてことないよね?」
 亜里が泣き出す寸前の顔で尋ねた。
「亜里・・・」
 伊織は困ったような顔をしている。返事に悩んでいるんだろう。だから俺は助け船を出すことにした。
「伊織んちも母ちゃんがいないんだから、あんまり無理を言うんじゃない。高校生は勉強も忙しいんだからな。亜里も6年生になったんだから、そんなこと言われなくてもわかるだろう?」
 亜里は目に涙を一杯溜めて、俯いてしまった。テーブルにポトっと滴が落ちた。伊織も黙り込んでいる。まるで、俺のしたことが全部間違いみたいじゃないか。
「亜里の足が治ったら、休みの日は一緒に遊べる。それじゃダメか?」
 伊織が小さな声でそう言った。
「イオ兄ちゃん・・・いいのっ!?」
 今ないたカラスがもう笑ったって見本を見せられたような、亜里の変わりようを、俺は目の当たりにした。
 ほんの2日で、亜里は実の兄の俺より伊織に懐いちまってる。
 でも俺は弟を取られたってことじゃなく、伊織にこんな優しい表情をさせることのできる亜里に嫉妬している自分に愕然とした。
 何なんだよ・・こんな気持ち・・・俺、絶対変だ・・・・

 結局、重苦しい雰囲気のまま食事を終えて、手際よく後片付けも済ませた伊織が帰ろうとするのを、俺は見送りに出た。
「伊織・・・あの、バイト代だけど・・今度渡すから・・・」
「いらない。じゃあな」
 怒っている訳ではないんだろうが、取り付く島も与えてもらえず、俺は思わず伊織の腕を掴んで引き止めていた。
「伊織! 待てよ」
「本当に気にするな。最初から、そんなのはもらうつもりはなかったんだから・・」
 無表情でそう言われて、俺はもう何も言えなかった。掴んでいた腕もやんわりと振り払われて、俺はなす術もなく伊織の後姿が小さくなるのを、ただ黙って見送ることしかできなかった。