・・・・不味い・・・
「ごめんね。ごめんね。こんなはずじゃなかったんだけど・・いつもはもっと美味しいのよ。ホラ、ウチとは勝手が違うから・・」
山野はしきりと言い訳を繰り返しているが、俺の耳を素通りしていく。普段の俺ならフェミニスト精神を発揮して、コッチが無理をお願いしたんだから仕方ないよ、などと言ってやるんだろうけど、生憎今は精神的にも体力的にも限りなくレベルゼロに落ち込んでいたから、そんな気も起こらなかった。
いつもニコニコ笑顔が売り物の俺の、仏頂面も手伝ってか、山野は逆ギレを起こして帰っていった。送るなんてことも思いつきもしなかったのに気付いたのは、目の前の料理が冷えきった頃だった。
「腹減った・・・何か他に食うもんはないのか?」
辺りを見回しても、テーブルの上には忌々しい炊き込みご飯もどきと、芸のないサラダしかなかった。
「ただいま、兄ちゃん」
ドアが開く音がしたと思ったら、亜里が戻って来た。
「河本、遅くまで亜里を引きとめて悪かったな。じゃあ、亜里、また明日な」
「伊織っ! 待ってくれっ!」
玄関先で声だけ掛けて帰ろうとした伊織を、俺は恥も外聞もかなぐり捨てて呼びとめた。
「頼むっ! 何か食わせてくれっ!」
「呆れたな・・・こんなもの豚でも食わんぞ・・・」
伊織は山野が作っていった洋風炊き込みご飯もどきを、スプーンでつつきまわしながら、吐き捨てるように言い放った。
「いつもはもっと美味しくできるって言ってたぞ。キッチンの勝手が違うからとかなんとか・・・」
「勝手が違うのは、俺も一緒だったさ。普段母親任せで料理なんて何もしていないのがバレバレじゃないか。お前はそんな見え透いた言い訳を信じたのか? バカか・・・全く・・」
伊織の毒舌は容赦が無かった。学校での穏やかな優等生ぶりしか知らなかった俺は、度肝を抜かれてしまった。
「そんなことはもうどうでもイイから、何か作って下さいぃ。俺餓死しそうだ・・・」
「餓死しちゃえ! あんないじわるな姉ちゃんがこれからも来るんだったら、僕、イオ兄ちゃんちに家出するから」
それまで黙っていた亜里の言葉に、俺は安易な考えがどれほど亜里を傷つけていたのかを知った。
「ごめん・・・亜里。明日からは、断るから・・・・兄ちゃんが悪かったよ」
「亜里。兄ちゃんもああ言ってることだし、許してやれ。俺がキッチリ罰を与えてやるから」
「バツ?」
「罰って・・・・?」
亜里の目がキラキラっと輝いた。
今日の一件で図らずも知ってしまった、素晴らしく容赦ない性格の伊織の与える罰って・・・
「腹減ってるなら、山野の愛がこもった手料理を残さず食うことだな。残したりしたら、バチが当たるからな」
やっぱりいぃぃぃっ!
「一粒たりとも残さないように、ちゃんと監視してるんだぞ。亜里」
「わかった」
伊織の後ろに尖ったしっぽが見えるようだ。ニコニコ顔の亜里とは対照的に、絶望の涙を流す俺を置き去りにして、無情にも伊織は帰っていった。