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「やっぱり欠席か・・・食中毒でも起したかな・・・・」
 知らず知らずのうちに声に出してしまっていたんだろう。聞こえたらしい前の席の川口が、ギョッとしたように振り向いた。
「誰が食中毒だって? O157か?」
「河本。ゆうべ、変なもの食ってたからな」
 わざと聞こえるように言った俺のセリフに、教室の隅でしゃべっていた山野が物凄い形相で振り返った。
 何か言い返すのかと思ったが、悔しそうに俺を睨みつけると、泣き出しそうに顔を歪めて教室から飛び出していった。
「吉木クンって、イイ性格してたんだぁ?」
 山野としゃべっていた松野優美が、友達の不幸をおもしろがっているかのように、笑いながら言った。さしずめライバルが一人減ってラッキーといったところか。
「褒め言葉と受け取っておくよ」
 俺が返した言葉に松野は肩を竦めると、友人を慰めるためにか教室を出て行った。

「えらくやつれたな・・・下痢でもしたか?」
 今日来るはずだった根本未来は、山野の話を聞いて恐れをなしたのか、行けないと電話してきたらしい。そうなるだろうと思ってはいたけど、俺が委員長として課題のプリントを持って訪ねたのを出迎えた亜南は、げっそりやつれていて足元がおぼつかないほどフラフラになっていた。
「うるせぇ。お前の所為だろうが・・・」
 腹にも力が入らないと見えて、掠れた小声で文句を言っているが、迫力は当社比の9割減といったところだ。
「本当にアレを全部食ったのか? お前って正真正銘掛け値なしの大バカだな・・・・コンビニにでも行って弁当を買ってくれば済むことだったろうが」
「うるへー。俺は素直な正直者なんだよ」
「そのようだな。待ってろ、今、お粥を作ってやるから」
「お粥っ!?」
 俺の言葉に、亜南の目はウルウルと輝いた。
「伊織ぃ。愛してるよぉっ!」
 いきなりガバッと抱き締められて、俺は一瞬にして全身の血液が沸騰したかのように感じた。心臓が口から飛び出しそうなほど、バクバクしている。
「は・・・離せ・・・」
 俺の声はかすれてうわずっていた。こんなの、動揺してるのが丸分かりじゃないか。そして、心のどこかで喜んでいる俺もいて、複雑な思いだった。
 やっぱり、俺・・・?
 亜南はそんな俺の気も知らず、スリスリと頬ずりしてくる。しっぽがついてたなら、きっと千切れんばかりにブンブン振ってるんだろうな。
 振りほどくことは訳なかったが、大型犬に懐かれているようで、悪い気はしなかった。

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