「兄ちゃんっ! 何やってるのっ!?」
亜里の叫び声で、俺達は我に返った。
「イオ兄ちゃんに触るなっ! 兄ちゃんのバカ!」
どうやら、宿題をしていたところ、物音がするので気になって顔を出したようだ。
「うるせぇっ! 伊織は俺の救いの女神だからイイんだよっ!」
「なんで女神なんだっ! 離せ、バカ! ゆうべのパエーリャを再現するぞっ!」
「ゲッ!」
亜南は一声叫んで、俺を解放した。
「さて、亜里は何が食べたい?」
「エビチリ。あんまり辛くないヤツ・・・」
「生き返ったぁー」
熱いお茶をすすりながら、亜南が満足したように破顔した。土鍋いっぱいの卵粥を全て平らげたところを見ると、余程腹が減っていたのだろう。つい先程まではゾンビのような顔色をしていたので、正に生き返ったという感じだった。
「兄ちゃん。僕明日のお昼から、健ちゃんの誕生日会にお呼ばれしてるんだ。行ってもいいでしょ?」
亜里もあんまり辛くないエビチリに満足したらしい。ちょっと作り過ぎたかなと思ったけど、残さずに食べてくれたから不味くはなかったんだろう。
「んー。行ってくればいいじゃん。どうせ明日は休みなんだし」
「じゃあ、プレゼント買うお金ちょうだい」
「千円でいいか?」
「うん、ありがと。晩御飯までには帰って来るから、八宝菜作って待っててね。イオ兄ちゃん」
「了解」
俺が片手を上げて合図してやると、亜里は嬉しそうに笑った。
「じゃあ俺はそれをご飯の上にぶっかけて、中華丼にする」
亜南も、さっきまで最悪な状態だった胃袋が、完全復活を遂げたようだ。
「はいはい。それも了解」
「あっ、そうだ。日曜日に母ちゃんの病院に行くんだけど、一緒に行こうよ。僕、母ちゃんにイオ兄ちゃんを紹介したいな」
「ソレいいな。行こうぜ、伊織。母ちゃんに逢ってくれよ」
河本兄弟は、俺が断るとは思っていないようで、二人で盛り上がっていたが、俺は正直のところ戸惑っていた。
9
土曜日。未明から降り出した雨の所為で俺のクラブ活動は、中止になった。
「イオ兄ちゃん、行ってきまーす」
流行ってるらしいゲームのカードをプレゼントに選んだ亜里は、雨に濡れないようにビニール袋に入れて、出かけて行った。
「なんで伊織にしか挨拶していかないんだよ」
わざと俺を無視する亜里のやり方に、本気でムクレていた。
「さて、河本クンには特訓してもらおうかな」
「特訓? 何の?」
「雨でクラブが中止になったのは、神の思し召しだ。まずは、野菜の刻み方からやってみようか」
伊織はニッコリ微笑んだ。俺の顔から血の気がザザーっと音を立てて引いていった。