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「っでえぇっっっっっっっっっ!」
「どうしたっ!? 亜南」
亜南が野菜と格闘を初めて5分。どうやら野菜だけでなく、指まで刻んだらしい。
「うっわー。スッパリ切れてるっ! 痛ぇよー。止まんないよ、血がっ!」
「ガキか、お前は? それくらいの怪我で騒ぐな。みっともない。クラブやってたら、それ以上の怪我だってするだろうが。取り敢えず指の付け根を強く押さえて、心臓より高く上げておけ」
俺は勝手知ったるリビングから救急箱を持ってくると、消毒薬を取り出して手当てを始めた。
「こんなのかすり傷じゃないか。亜里がいたら、ますますバカにされるとこだったぞ」
ピッチングをする右手の怪我じゃなくてよかったと思いながら、左手の人差し指にキズテープを巻いて顔を上げると、亜南は顔をしかめていた。
「おい・・そんなに痛いのか?」
呼びかけた瞬間、強く手を引かれて、俺は亜南の逞しい胸に抱きすくめられていた。
「伊織・・」
低く掠れた声で名前を呼ばれて、俺の中で警戒信号が鳴り響いたが、強く抱きしめられていて、逃れることはかなわなかった。
「伊織・・・伊織・・・」
「やめろっ・・・亜南・・」
目が回ったと思って気付いたら、俺はリビングの絨毯の上に押し倒されていた。緊張しているような、日に焼けた男らしい顔が降りてきたので咄嗟に目を閉じた。
口唇を柔らかいもので塞がれて、俺はぼんやりと『あ・・・キスされてるんだ・・』なんて思った。
俺と同じ性別である亜南にキスされているというのに、何故かイヤだとは思わなかった。寧ろ歓喜の方が勝っていて、俺は『亜南が好き』なんだという、封じ込めようとしていた気持ちを解放してやることにした。
「て・・抵抗しないのか? 俺、いい様に解釈するぞ、伊織・・・」
「しろよ」
そう言って閉じていた目を開けると、亜南のワイルドな顔は泣き出しそうに歪んでいて、こんなシチュエーションで本当は笑っちゃ失礼なんだろうけど、デカイ図体をしているクセに叱られた子犬のようで、俺は思い切り吹き出していた。
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怪我の手当ての為に伊織に手を取られた瞬間、身体を電流が走り抜けたような気がした。
何だ・・・コレ・・・?
その理由もわからず困惑したまま、俺は手当てをしてくれる伊織の顔を見つめていた。
「おい・・そんなに痛いのか?」
心配そうな表情で見上げられて、気がつくと俺は伊織を胸に抱き締めていた。
「伊織・・」
名前を呼んでみて謎は解けた。俺の声は伊織に対する欲望で掠れていたから。
俺は伊織が好き・・・・なんだ・・・
理由がわかったら話は早い。年頃なんだから、やりたいことは一つだ。
「伊織・・・伊織・・・」
「やめろっ・・・亜南・・」
伊織は小さく叫んだが、構わずに押し倒した。キスしようと口唇を寄せると、抵抗することもなく静かに目を閉じた。
それに勇気づけられて触れた口唇は、温かく柔らかだった。
「て・・抵抗しないのか? 俺、いい様に解釈するぞ、伊織・・・」
決死の思いで口にした言葉への返事は間髪をおかずに返ってきた。
「しろよ」
静かにそう言って目を開けた伊織は、俺の顔を見た途端思いっきり吹き出した。