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「なっなっなっ! なんじゃ、コレーっ!?」
俺が伊織を追って教室に入った途端、古いドラマの名セリフのように叫んでしまったのは、黒板にデカデカと落書きがあったからだ。
いわく・・・
カップル誕生! 末永くお幸せに〜
河本亜南くん×吉木伊織くん
相合傘でなかったのは、不幸中の幸い・・・じゃないけど。
「誰がこんなイタズラしたんだよ!?」
俺は黒板を消しながら、クラス中に睨みをきかせたが、みんな目を合わそうとせずに、コソコソしていた。
「なんで消さなかったんだよ、伊織」
(伊織だって、呼び捨てにしちゃってるぅ)
(いやだぁ、美月が言ってたのって、ホントーだったんだぁ)
「えっ・・・あの・・・?」
ヒソヒソ囁かれる声が聞こえて、俺は呆然とした。
「バカか? 知らん顔してりゃ、センセーが悪ふざけとしてうやむやにしてくれたんだ。過敏に反応すりゃ事実だと言ってるようなもんだろうが」
何時の間にか側に来ていた伊織に耳打ちされて、俺は自分のバカさ加減を呪いたくなった。
「犯人は多分山野だろう」
「えっ、そうなのか?」
「お前ってホントーにバカだな。でも、責任は俺にあるのかもな。こうなるかもしれないってわかってて、山野を挑発したからな」
伊織の表情はいつものシニカルな笑みを浮かべていて、俺には何を考えているのかさっぱりわからなかった。
(キャー! 見つめ合ってるしぃ)
(ドッチが攻めなのぉ?)
(やだぁ、誰かウソだって言ってよぉ)
教室のあちらこちらで上がる、黄色い悲鳴や口笛が聞こえて初めて、俺と伊織が黒板の前でラブシーンにしか見えない行為に及んでいるのに気付いた。
「ちょ・・・ちょっと待ってくれよ! みんな何か勘違いしてねーか? 俺達全然そんな関係じゃねぇから。ホラ、伊織、お前からもみんなに言ってやれよ。こんな風に勘ぐられるのは迷惑だって」
野球部の次期エースがホモだなんて噂が立ったら、大変なことになるから、俺は必死に弁解した。それが返って逆効果になることにも気付かずに。
そして、何故伊織がヘソを曲げてしまったのかにも、その時には気付かなかったんだ。
伊織は無表情のまま、一言もしゃべらずに席に戻ってしまったから。
「ただいまー。亜里、伊織。腹減ったー」
「イオ兄ちゃんは来てないよ」
いつものようにヘトヘトになって帰宅した俺を迎えたのは、亜里の膨れっ面だった。
「なんで? 急用でもできたのか?」
「知らない。でも、もう行かないからって電話があった。イオ兄ちゃんに何したんだよ!?」
亜里に責められて、俺はうろたえてしまった。
「俺は何もしてないぞ!」
「何もしてない訳ないだろっ!? イオ兄ちゃんに電話して謝ってよ! 早くってば!」
亜里の剣幕に負けて、俺は渋々伊織のケータイをコールしたが、何度コールしても電源が入ってないらしく、繋がらなかった。もしかしたら着信拒否されてる?
仕方ないので自宅にかけてみると女の人が出て、伊織は空手に行ってるって言ったので、また後でかけますと言って切った。兄貴のフィアンセって人だったんだろうな。
俺に貼りついて聞き耳を立てていた亜里は、伊織が不在だったとわかると、シュンとしてしまった。
「今、空手の道場に行ってるんだってさ」
俺が説明してやると、ガバッと顔をあげた。
「空手やってるんだ・・・イオ兄ちゃん」
「あぁ、すっげえ強いらしいぞ」
「カッコいい・・・・」
亜里は恋する乙女のように、目をうるうるさせて呟いた。